警察庁長官狙撃事件を“自白”した男、中村泰受刑者が明かしていた警視庁「公安警察」と「刑事部」の暗闘

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刑事部対公安部

 こうして、事態は、小杉元巡査長を含むオウム集団を犯人とする、というよりも、そうせざるをえない公安部と、Nのグループ――これより以前に彼が特別義勇隊(トクギ)と称する武装地下組織の結成をもくろんでいた当時、行動を共にしていた少数の者の集まり――の仕業と見ている刑事部との対決という形になっていった。シニカルな表現をすれば、小杉元巡査長らオウム一味のスポンサーである公安部と、Nのトクギ残党を推すスポンサーとしての刑事部とが、東京地検を相手に売り込み合戦を演じるという構図である。第三者にとっては面白い見ものかもしれないが、承知の上で行動している元巡査長とNとを除いて、この騒動の巻添えになった人たちには甚だ迷惑なことであった。

 公安部としては、なんとか巻返しを図りたいところなのだが、Nという不発弾とも時限爆弾ともいえる厄介者が片付かなければ、うかつには動けなかった。だが、公安部にはもっけの幸いともいえそうな打開策が残されていた。それは、大阪府警が名古屋の事件との類似性から、Nを大阪市内で発生した数件の拳銃強盗事件の容疑者として捜査しているという情報である。

 これについては、前年の十月初め頃に一部の日刊紙等に報道されていたのだが、なぜか、その後一向に進展がみられなかった。これというほどの決定的な証拠が出てこなかったからかもしれないが、あるいは、警視庁が長官狙撃事件の捜査を優先するために、府警の介入を抑えていたからとも考えられる。確かに長官狙撃事件は日本警察全体の威信にかかわる重大事で、それに較べれば、死者も出ていない強盗事件などは単なるローカルな雑件にすぎない。しかし、軽視された形になった大阪府警には当然、不満が生じる。それに、もともと府警には警視庁への対抗意識が根強くある。

 どうやら公安部は、こうした感情に便乗して、それを煽るような工作を仕かけたらしい。府警は警視庁に対して、Nの身柄引渡しを執拗に求めるようになった。身柄を取り込むための逮捕容疑の対象としては、三件とも四件ともいわれている強盗事件の中から、とりあえず三井住友銀行都島支店の事件が選ばれた。それまでに集められた雑多な証拠らしきものの組合わせを操作してみた結果、都島の件になら、なんとか当てはめられそうに思えたからであろう。

 しかし、その件で逮捕状を請求する前の段階で、姑息な小細工が施された。都島の件は、発生以来それまで強盗“致傷”(傷人)事件として捜査が続けられてきた。それを強盗“殺人”(同)未遂に切り換えたのである。別に殺意を裏付けるような新しい証拠が出てきたわけではないから、単なる呼称の変更にすぎないともいえる。だが、これには隠された意図があった。

 警視庁が、長期間Nの身柄を独占するための根拠としていた長官狙撃事件の刑法上の罪名は“殺人”未遂である。一方、「ローカルな雑件」として軽視されていた大阪の事件を担当する府警が、容疑者の身柄の奪い合いで警視庁に対抗するためには、強盗“致傷”よりも強盗“殺人”(未遂)に“格上げ”したほうが押しがきく。部外者にとっては、なんともくだらない話のように感じられるかもしれないが、警察組織の中では、肩書や看板は大いにものをいう。単なる事件捜査でなく、捜査本部という看板が掛けられれば、予算も人員も集めやすくなる。これに「特別」が加わればなおさらだ。前述のように、南千住署の特別捜査本部の看板が公安部の予算と人員の捻出に利用されていたこともその一例である。

 ともあれ、府警としては、Nの身柄を奪い取った以上、なんとしても立件しなければ面目を失う。もちろん、確固とした決め手になるものがあれば、問題はない。しかし、現実には、少なからず矛盾性を内包した状況証拠の寄せ集めがあるだけだ。これらをつなぎ合わせて、事件全体の構図を描き上げるためには、被疑者の供述が不可欠であり、その供述を得るためには、逮捕後の取調べ方法が重要になる。

 都島の事件は、電車内で女性の体に触れたとか触れなかったとかいうような単純な構成のものではない。その細部については、真犯人でなければ知りえない点が数多くある。第三者が犯人を装って、それらの点を明らかにする供述を創作することなど不可能に近い。このことは、小杉元巡査長が、いかに自分が長官を狙撃した犯人だと主張しても、客観的事実に合致する供述はできないでいたという事例によく示されている。その種の供述書を作らせてみたところで、混乱を招くだけにすぎない。

 こうした事情を考慮した結果でもあろうか、府警の取調べ方法は、きわめて異例のものであった。否認している被疑者に対しては、次々と証拠を突きつけて言い逃れを封じ、自供に追い込む、というのが取調べの常道であり、最も有効である。しかし、Nの取調べを担当した刑事の姿勢は全く逆であった。捜査段階で集めていた証拠はいっさい示さず、ただ、相手に何か話したいことがあれば述べさせようとするだけで、およそ追及というようなものではなかった。いきおい、連日の取調べとはいっても、その実、事件の核心を外れた雑談に終始していたのである。Nのほうから問いかけを試みても、肝心の点になると言を左右にしてそらしてしまうようなことも多かった。まあ、互いに肚の探り合いを続けていたといえるかもしれない。

 そのような状態がえんえんと続くだけで、これという進展もなく、供述調書の作成にも至らないままに時が過ぎていった。思うに、捜査幹部のほうでも、証拠に絡む不自然な点は認識していたので、立件の妨げになりそうな内容の供述調書なら無用である、と指示していたのであろう。上層部と現場担当者との取調べ方針をめぐるあつれきは少なくなかったようで、日頃は愛想よく応対するように努めている刑事が、上司に呼ばれた直後は、不機嫌な表情をあらわにして戻ってきたものである。

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 それぞれのメンツが複雑に絡み合い、公安部と刑事部、大阪府警の“暗闘”は混沌を極める――。第3回【中村泰受刑者が“公開の法廷という場”で発言を希望していた理由【警察庁長官狙撃事件の闇】】では、「警察史上最大の八百長ドラマ」とNが表現した“オウム集団4人の逮捕”について、そこに至る最後の過程が語られる。

中村泰

デイリー新潮編集部

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