「オウム4人逮捕は公安警察のプロパガンダ」警察庁長官狙撃事件、スナイパーが公安警察に突き付けた挑戦状

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事件当日の開扉記録

 これに加えて、さらに追い打ちをかけるものが見付かった。貸金庫の管理会社に保管されていた個別の金庫の開扉記録である(表参照)。Nにしても、まさか十年も前のそんなものが保存されていたとは思い及ばなかったに違いない。これを見ると、通常は月に一、二回程度であり、全く訪れていない月もあるのに対して、95年(平成7年)3月だけが五回となっている。これは約十年に及ぶ契約期間を通じて最多の記録であり、しかも、そのうちの四回は23日以降に集中しているという異常さが目立つ。

 これについての捜査当局の解釈は、次のようなものである。3月22日の山梨県上九一色村のオウム教団施設に対する一斉捜索の結果を知ったN(あるいはその一味)は、早急に行動を起こすことを決意して、そのための銃器弾薬を貸金庫から取り出した。その後の数日間に國松長官の動静を探りながら準備を整えた一味は、28日を暗殺決行の日と定めた。

 当日の朝は、春一番か二番かの強風が吹き荒れていた。一般に強風は精密な射撃には好ましくないのだが、この場合は想定射程が30メートルほどであるから、それほど影響はないと判断したのだろう。むしろ、このような天候では外出を控える人が多いから、通行人すなわち目撃者が少なくなるという利点があったといえる。

 しかし、ここで全く予想外のことが起こった。長官の居住棟の玄関の前あたりの路上に、コートを着た二人の中年の男が人待ち顔で佇んでいるのが見えたのである。彼らが、あまり動きまわりもせず、周囲を窺うそぶりもみせなかったことからして、SPや所轄署の警戒員でないのは明らかであった。また、もし一般人であれば、その挙動を怪しんだ護衛の警官が、職務質問をするとか何かの対応をしたであろう。そういうことがなく黙認されているからには、彼らの正体は警察関係者と推定するのが妥当である。

 やがて、ほぼ定刻になって長官が玄関に現われると、待ちかまえていた二人の男は、足早に近付いて何か話しかけた。コートも着ていない長官は、寒風に吹きさらされながら戸外での立ち話が長引いてはたまったものではない、と思ったのかどうか、その二人を伴って屋内へ引き返した。

 狙撃手は完全に出ばなを挫かれたことになる。長官の出勤が阻止されるというのは、明らかに異常事態である。そのような状況で狙撃のチャンスを逸した以上、長居は無用として、ただちに支援車両に引き上げてきた狙撃手は、同志に状況を報告するとともに今後の対策についての協議を始めた。

 これは、おそらく警備態勢の変更に関する打ち合わせか連絡のたぐいであろう。変更があるとすれば、まず考えられるのは専任のSP(警護課員)の配備である。そうなると、これまでのように、隣接する建物で待ち伏せるというわけにはいくまい。では、遠方からライフルで一発必中の狙撃といくか。いや、それはSPが盾となる可能性があるから不確実だ。すると、事前検索の範囲外となる五、六十メートル離れた地点から、マシンガンの集中連射で、SPもろとも撃ち倒すほかあるまい。本来は目標を長官だけに限るはずだったのだが、こうなっては止むをえないだろう。それに、SPは迅速に応射するように訓練されているはずだから、自衛のためにも先制攻撃で倒してしまう必要がある――

 と、まあ、このような論議が交されたのだろう。そこで、早速、貸金庫へ赴いて、作戦変更に伴って必要となった新たな装備品を取り出した、ということになる。ところが、同じ日の午後にも再び開扉されている。これについては、前述のようなやりとりを経て、最終的な詰めに至ったのは昼頃だったとも考えられるし、あるいは何か不足していた物に気付いて、それを取りに行ったとも推測できる。いずれにしても、予想外の事態に遭遇した直後で、動揺していたのかもしれない。ここで、開扉記録に基いて、もう一歩推理を進めてみると、貸金庫の6051番のケースには、実際に狙撃に使われた長銃身のコルト・パイソン回転式拳銃が、6080番のほうには、新たに携行することになったKG9短機関銃が、それぞれ収められていた、と考えるのが妥当である。

 この日から二日後の30日が、実際の狙撃の当日になる。事件の発生時刻直後に、現場から適切な交通機関を利用して新宿へ向かったと仮定すると、記録されている開扉時間にちょうど間に合うということは、捜査員が可能なかぎりのルートを想定して、それをなん度もくり返して実地に試みて得た結論であった。当日、狙撃が決行された直後、Nは使用された銃器類を持って新宿へ急行し、それらを貸金庫に隠してから、当時、小平市にあった自分のアジトへ行く道筋に当たる中央線武蔵小金井駅で下車したところで、警察の警備陣に遭遇した。そのときに実際に見た状況を描写したものが、叙事詩「緊急配備」にほかならない。

 以上が貸金庫の異常な開扉状況についての合理的な解釈になる、というのが捜査当局の見解である。少なくとも、Nがそれを否定するに足る矛盾のない弁明を示さないかぎりは。それに、28日の朝、國松長官と警察幹部との間で警備態勢に関する緊急の会談があったことなど、刑事部では、それまで全然知らなかったのである。

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 貸金庫の開扉状況についての「合理的な解釈」の次は、「窮地に追い込まれた」公安部についての“洞察”が始まる――。第2回【警察庁長官狙撃事件を“自白”した男、中村泰受刑者が明かしていた警視庁「公安警察」と「刑事部」の暗闘】では、小杉元巡査長を含むオウム集団を犯人にせざるを得ない公安部と、「N」のグループによる犯行とみた刑事部の対立が綴られている。

中村泰

デイリー新潮編集部

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