【光る君へ】道長は「闇落ち」しないと明言されて… “大河ドラマのメルヘン化”が心配になる
定子への露骨ないやがらせ
むろん、ドラマだから、道長像を既存の枠に閉じこめておく必要はない。社会的公正を追い求めた政治家として描くという方向性も、必ずしも否定されなくてもいい。だが、そうはいっても、ここから先の道長を「闇落ち」と無縁に描くとしたら、各所に不自然な設定を重ねざるをえなくなるのではないか。
というのも、この先、道長が行ったことは、社会的公正を求める姿勢とは似ても似つかなかったように思われるからである。その例をいくつか挙げてみたい。
道長は『光る君へ』の第26回「いけにえの姫」(6月30日放送)で、ドラマでは黒木華が演じている正妻の源倫子に産ませた長女の彰子を、一条天皇のもとに入内させる決心をした。陰陽師の安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)から、いま世が乱れているのは、一条天皇(塩野瑛久)が、兄弟の不祥事に際してみずから出家した中宮定子(高畑充希)を寵愛しているからで、それを正すためには、道長の娘が入内して朝廷を清めるしかない、と進言される。
それを受け、道長は不本意ながらも、朝廷の安定のために娘を「いけにえ」として差し出す、という描き方だった。しかし、道長も父の兼家と同様に、自身の政権を安定させるために娘を入内させ、皇子を産ませようとした、と解釈するほうがはるかに自然である。というのも、摂関政治の時代、上位の公卿の娘にとっていちばん大事なのは、天皇の子を産んで父親に権力をもたらすことだった。それが当時の宮廷社会の常識であった。一方、社会的公正を実現させようというリベラルな姿勢は、当時の貴族とは無縁のものだった。
そう考えてはじめて、その後の道長の行動にも説明がつく。
道長が彰子を入内させたのは、長保元年(999)11月1日だが、その前に定子は懐妊していた。そして8月9日、お産が近づいた定子は平生昌邸に移った。その際、一条天皇は公卿たちに供を務めるように求めたのだが、だれも集まらなかった。道長が同じ日に宇治への遊覧を企画して公卿たちを呼び、定子側につくのか、自分につくのか、選択を迫ったからだった。これは定子への露骨な嫌がらせで、さらに道長は、彼女が公卿たちの指示を得ていないことを世に示そうとしたのだと思われる。
[2/4ページ]