飛行機の窓から夜空を眺めていると「巨大なオーロラ」が! “激レア体験”の一部始終を横尾忠則が振り返る
オーロラにまつわるちょっと不思議な話を想い出したので忘れない内に記しておこう。
いつだったか、ニューヨークに行くために、成田から飛行機に乗った。僕はあまり機内で眠ることができないので、ニューヨークまでの13時間は非常につらい。第一あんな狭っ苦しい座席に座らされて、それでも座席に着くなり眠る人がいるのが信じられない。あのうるさい爆音の中、よく眠れるな、と感心するが、やがて夕食の機内食も出て、窓外も真暗がりになって、雲海の上空には無数の星が点滅し始める。僕は普段でも夜空を眺める習慣があるので、機上から見る夜景は愉しみのひとつである。
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夕食が終ってしばらくすると、就寝する人のために機内の電燈も消される。中にはテレビで映画を観る人もいるが、僕はテレビも見ないし、読書もしない。頭上の豆電気の光を遮断するために頭から毛布を被って、窓外の雲海上に拡がる漆黒の夜空の星を眺めるのを唯一の愉しみにしているが、このようなことをしている者は僕以外にひとりもいない。不眠気味の僕にとってはこのことは唯一の悦楽とでもいうか、無数の星がベッタリと貼りついた漆黒の宇宙と一体になる瞬間、こんな醍醐味をどうして他の人は味わわないのだろう、ただ眠るだけなんて、意味がない。一晩ぐらい起きていたっていいじゃないかといいたいくらいだ。
そんな僕も頭から毛布を被って真暗な宇宙空間を見ている内にいつの間にか睡魔に襲われてしまった。さて、どのくらい眠ったか、突然、誰かに叩かれたような気がして眼を覚ました。相変らず頭から毛布を被ったままである。まるで何かの衝動によって叩き起こされた僕は思わず窓外の風景を覗いた。下方には厚い雲海がたなびいており、その上空には依然として満天の星の宇宙空間が拡がっている。地上で見る星空からは想像もできないほどの天然のプラネタリウムである。
と、その時、遥か彼方の雲海の一ヶ所がまるで光に輝(て)らされたように光り始めた。オヤ、何んだろうとその一点を眺めていると、そこがポッカリ穴が開いたように思えた。そしてその穴がなんとなくキラキラ光り始めた。雲海に穴が開いて、そこが光っている。これはきっと地上の街の灯りがその穴から見えているのだと思って、その一点に目を凝らしていると、次の瞬間、その光る穴が急に雲海を突き破って、漆黒の宇宙空間に、光の柱を形成し始めた。まさか地上の街の光が束になって雲海を突き破って宇宙空間に巨大な柱を立てたのか――。なんと神秘的な光景だろうと呆然となって眺めていたら、その穴から突き出した巨大な光の束はぐんぐん上昇しながら、まるで巨大な緞帳が開かれるように、しかもかなり早いスピードで、幕を引くように拡がり始めた。
と、その瞬間、僕が見ている光景は巨大なオーロラであることがわかった。筒状の光の柱が突然幕を引くように波を打つように拡がっていく様子は正にオーロラである。巨大な光のレースの幕を雲海の上空に張りめぐらしたまま、その光の帯は、飛行機と同じ方向に平行しながら、時には波を打ち、時にはうねりながら、またよじりながら、まるで僕の乗っている飛行機と並走しているのである。
何んという神秘的な光景であろう。オーロラなど一度も見たことのない僕に、オーロラは発生した瞬間から舞台の緞帳が開くように次から次へと身体をよじったり、ひねったりしながら、まるでクラシックバレエを演出しているように思えるのだった。
僕は思わず頭から被った毛布をはねのけて、通路に立っているスチュアーデスに無言で合図して、この壮大な宇宙イベントを乗客に知らせたら如何ですかと勧めたところ、その女性は「私は7年間乗っていますがこんな光景を見るのは初めてです。よくお休みになっておられる方が大半なので、どうぞおひとりでゆっくりお愉しみ下さい。何んだったら、そーっと静かに、操縦席からご覧になりますか、ご案内致しますから」と。
操縦席の窓いっぱいにオーロラは貼りついた感じで、その光の幕に無数の星が張りついて、神秘というか怪奇というか、かつて見たこともない幻想的な光景に僕は自分の存在がこのまま消滅してしまうのではないかと思ったほどである。オーロラのまっ只中を宇宙船で飛んでいるような錯覚を覚えて、これは現実ではなく夢だと何度もいいきかせながら、僕は再び自分の席に戻って、オーロラと無言の対話を続けた。オーロラの中に無数の星がまたたく、時々その中を流星が走る。もうこの光景は現実を超えた死の世界に、参入してしまったように思えた。おおよそ4時間の間、僕のために見せてくれたオーロラのスペースオデッセイの旅である。(次回に続く)