「ハトが20羽いるところに7羽きて5羽飛んでいった、今は何羽か」 算数の文章題が分からない小学生が考えているコト

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小学生が考える「7羽のハト」

 小学生の思考は、すべて具体的なことがらを基盤にしている。逆にいうと抽象的なことは考えられない。

 大人からすれば、7羽飛んできて5羽飛んで行ったことを7―5で表すのは具体そのものにように思える。しかし考えてみれば、7―5の7は具体的な7羽のハトではなく、増加分としての抽象的な7である。

 一方小学2年生が7―5の7を見るとき、増加分としての7ではなく、まさに後から飛んできた、それぞれに顔のついた「7羽のハト」なのだ。7―5は、顔のついた7羽のハトからそのまま5羽飛んで行った、ということになるのである。

 さらにうちの娘は「5羽のハトが20の方から飛んで行くか、7の方から飛んで行くかによって答えは違う」と考えているらしいのだ。そう考えれば、Aの式であれば理解できる理由がよくわかる。一羽一羽顔のついた27羽のハトの中から5羽飛んで行くイメージなのだ。

 発達心理学者ピアジェの認知発達理論によると、小学生は「具体的操作期」にあたる。つまり小学生は「具体的な物事であれば論理的な思考ができる/具体的な形でしか論理的に考えられない」発達段階にあるということだ。

当時見えていた「ストーリー」

 この話を大学の授業で取り上げると「私もそれが分からなかった」「子どものとき分からなかったことが、今分かってすっきりした」「同じような問題が分からず、親に質問したら、怒られて算数が嫌いになった」という学生が毎年必ず何名か出てくる。

 彼らは分からなくて困った経験を今でもよく覚えている。さらに彼らの多くは、何が分からないのか分からないまま「文章問題、嫌い」「算数、嫌い」という苦手意識だけが残ってしまう。

「計算問題はできるけど文章問題は苦手」という子どもの中には、大人が思ってもいない形で問題をイメージしている子ども、すべてを完全な具体物としてしか考えられない発達段階にある子どもが少なからずいるのだ。

 娘の超具体的な「正解」を聞いた私はすぐに27羽のハトの絵を描いて、ハトが20羽から5羽飛んで行った場合、7羽から飛んで行った場合、その他いろいろなところから5羽飛んで行った場合のそれぞれで、残ったハトの数を数えさせた。娘が最後に言った言葉が、「へぇ、ハトの数はどこから飛んで行っても同じなんかぁ」。

 高校生になった娘にこの時の話を尋ねてみてさらに驚いた。当時こんなストーリーがビジュアルとして見えていたのだそうだ。

「ハトが20羽もいるところに更に7羽も飛んできたので、はじめからいたハトたちが、『ちょっと窮屈になってきたね、あっちに行こう』と20羽のうちから5羽飛んで行った」

 小学生にとって算数の文章題が難しい理由は、「ハトが20羽いました……」や「お兄さんがリンゴを6つ持っていました……」など大人が具体だと思っている問題構造を超えて、子どもたちがより具体的に考えようとしているからなのかもしれない。

西尾新(にしお・あらた)
2003年に京都大学教育学研究科博士号(教育学)取得。現在、甲南女子大学人間科学部総合子ども学科教授。専門分野は、発達心理学、教育心理学。還暦ゲーマー、持ちブキはスプラシューターコラボ、ウデマエは現在Sクラス昇格戦中。共著書に、『公認心理士の基礎と実践(8)学習・言語心理学』(2019年遠見書房刊、第8章「非言語的・前言語的コミュニケーション」担当)。

デイリー新潮編集部

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