倒産、事故を経て57歳で“時の人”に 『血と骨』梁石日さんの豪快人生【追悼】
梁石日(ヤン・ソギル)さんは小説で在日韓国・朝鮮人のアイデンティティーを問いながら、声高に問題提起などはせず、あるがままの在日の姿を描いて共感を呼んだ。なかでも1998年に上梓した『血と骨』は、梁さんの実父をモデルに、むき出しとなった生、暴力、心の暗部を徹底して表現、ベストセラーとなる。
【写真をみる】執筆は“万年筆”で 自宅の書斎で原稿用紙と向き合う梁石日さん
小説の舞台は1930年代の大阪に始まる。済州島から日本に渡った少年は、強靭な肉体と凶暴な性格でのし上がる。名は金俊平。子連れの美女、李英姫を凌辱して強引に結婚。家族にも暴力を振るい、妻からせびり取った金を博打に使い、妾を囲う。欲望の権化だ。
同作は山本周五郎賞を受賞。2004年に崔洋一監督によって映画化され、主人公をビートたけし、妻を鈴木京香が熱演した。
映画評論家の垣井道弘さんは振り返る。
「たけしに狂気が宿っており、その暴力に観ている方も痛みと恐怖を味わった。野卑で残忍でも生き抜くための強烈なエネルギー、人間の本能が伝わり引き込まれました。脚本も担った崔監督に当時取材しましたが、20回以上も書き直しては梁さんと相談、原作から離れずに濃密な世界を損なわず伝えようとしていた」
映画を観て衝撃を受け、原作に触れた人も多い。
57歳にして“時の人”に
36年、大阪生まれ。在日2世である。大阪府立高津高校の定時制在学中、詩人の金時鐘(キム・シジョン)さんと出会い、詩誌「ヂンダレ」に参加したことが大きな転機に。その後も長く親交が続いた金さんは言う。
「高校生当時から読書家で、すでに視野が広かった。詩が好きで、文学の出発点になっていました。後に小説を書くようになっても、詩の気持ちを作品に落とし込んでいるんです、と言うのが口癖でしたね」
民族分断のあつれきが在日の文学活動にも大きな影響を与えていた時期だった。政治的な教条主義を嫌い、日本での現実を認識しようと真っ当な意見を述べ、非難の矢面に立たされもした。
印刷会社を経営するが、数年で倒産。妻子を残し、夜逃げ同然に大阪を出た。職業を転々、東京でタクシー運転手を10年続けた頃、事故で負傷して職を離れた。運転手の体験談を書くことを勧められ、81年に著したのが小説『狂躁曲』だ。93年、先述の崔監督により「月はどっちに出ている」の題名で映画化され大ヒット、57歳にして時の人に。
コリア・レポート編集長の辺真一さんは思い返す。
「原作では在日のかかえる問題をもっと書いていたのに、との思いはあったようです。映画は娯楽色を強めたことで観客を楽しませ、結果的に在日の現実の生活を広く伝えられました。そもそも梁さんは在日への差別問題を主張するより、われわれが日本で生きるとはどういうことなのかを原点に考えていました。映画の人気が支えになって、通名ではなく本名を名乗る人が増えたほど画期的な作品です」
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