坂本冬美、「また君に恋してる」の人気ぶりに「戸惑いもある」と告白… 『紅白』で9回歌われてきた「夜桜お七」の誕生秘話も

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中村あゆみ推薦の「アジアの海賊」が保育園児にも人気に

 ちなみに、「また君に恋してる」がヒットした最初のきっかけとして、中村あゆみが手がけた前述のパワフルなロックチューン「アジアの海賊」がシングルとしてリリースされたことも忘れてはならないだろう。CDチャートでは初登場13位となるほどインパクトがあり、それだけ話題となったシングルだからこそ、カップリングの「また君に恋してる」も気づかれる機会が増えたのだ。この「アジアの海賊」は、どのように生まれたのだろうか。

「それまで正統派の演歌が続いていて、そろそろ別のアプローチを、と考えていた時に、中村あゆみさんがコンサートを観に来てくださって。“冬美ちゃんにピッタリな曲があるのよ!”と言って、ご自身のライブでも歌っていらした『アジアの海賊』を勧めてくださったんですよ。

 それで、この曲を次のシングルにしようと決めたタイミングで『また君に恋してる』のカバーのお話もあり、チャレンジした『アジアの海賊』のカップリングとしてバランス的にもいいのかな、と思って収録しました。そうすることで、“ただCMで流れていただけ”という印象で終わらないようにできればと思って」

 坂本の楽曲への想いは時間をかけてリスナーに届き、今では代表曲となっているのが感慨深い。なお、『アジアの海賊』もSpotifyで第62位にランクインし、10万回以上再生されており、挑戦作としては十分な人気だ。

「『アジアの海賊』のほうは、元気が出るノリのいい曲なので、幼稚園や保育園でちびっ子たちが踊ってくれているんですよ!そういう動画も送っていただける機会があって、幅広く支持されているんだなぁって嬉しくなりますね」

巨匠・三木たかし「『夜桜お七』がヒットしなかったら頭を丸める」と宣言

 Spotify第2位は、’94年のシングル「夜桜お七」。こちらは、演歌とミュージカルとロックが融合したような大胆な作品だ。当時のレコードセールスは累計15万枚と、坂本の中では8番手ながら、カラオケでは桜の季節以外にも頻繁に歌われるスタンダードとなり、サブスクでの高ランクも納得がいく。楽曲は歌人・林あまりが作詞、昭和の大作曲家・三木たかしが作曲を手掛けているが、この“異色コンビ”はどのように生まれたのだろうか。

「こちらは、猪俣公章先生が他界(’93年)された後、プロデューサーの小西良太郎さんによる“これまでとは違ったタイプの曲を歌ってみては”という判断のもと、林あまりさんに作詞をお願いしました。歌謡曲は初めてということでしたが、もともと『夜桜お七』という四首の短歌があり、そこから歌謡曲風に書いてもらうことになったんです。そしてメロディーのほうは、歌謡曲や演歌からミュージカルに『アンパンマンのマーチ』まで、どんな作風でも幅広く対応できる三木たかし先生にお願いすることになりました」

 和風の歌詞の中に“ティッシュ”という単語が出てきたり、和楽器とストリングスが交差したりと、まさにジャンルレスな展開は、坂本のみならず、日本のポップス史上でも革新的な試みだったと言えよう。

「当然、レコード会社の方からは反対意見もありました。でも私は、“新たな坂本冬美にチャレンジするには、もうこの曲しかない!”と思っていて。そうしたら三木先生が、“この曲が売れなかったら、責任を取って頭を丸めるから、出させてくれ”と強く推してくださったことで発売することになりました。今では『紅白』で9回も歌わせていただいて、本当に私の代表曲と言える宝物です」

 1位、2位ともに、編曲は若草恵(わかくさ・けい)が手がけている。研ナオコ「かもめはかもめ」や中森明菜「難破船」など、大胆にストリングスを取り入れることにより、よりドラマティックな楽曲に仕上げることでも有名なマエストロだ。坂本冬美本人も、“繊細なのにスケール感もあって、とっても心地いいんです”と絶賛しており、いいギャップが生み出す作品の仕上がりは、坂本とも相性がいいように思える。

 考えてみれば、坂本冬美は力強い男目線の正統派演歌で一躍有名になったのだが、トップ2曲は(男性目線×フォーク調×カバー曲)の「また君に恋してる」と、(女性目線×ボーダレスな演歌×オリジナル曲)の「夜桜お七」と、彼女のそれまでの得意分野と異なるのが興味深い。こうしたチャレンジを求め続けたことが、現在の演歌界トップの座につながっているということは間違いないだろう。

 インタビュー第2回では、さらに果敢に挑んだオリジナル曲について尋ねてみた。

《INFORMATION》
シングル「ほろ酔い満月」(カップリング:「淋しがり」)、カバーアルバム『想いびと』発売中!

◎『想いびと』収録曲 
M1.「ひまわりの約束」 作詞・作曲:秦 基博 編曲:城戸紘志
M2.「恋の予感」 作詞:井上陽水 作曲:玉置浩二 編曲:佐々木博史
M3. 「サクラ、散ル…」 作詞・作曲:GACKT/YOHIO 編曲:城戸紘志
M4. 「月」 作詞・作曲:桑田佳祐 編曲:宮野幸子
M5. 「千の風になって」 日本語詞・作曲:新井 満 編曲:新倉一梓
M6. 「身も心も」 作詞:阿木燿子 作曲:宇崎竜童 編曲:野村陽一郎
M7. 「One more time, One more chance」 作詞・作曲:山崎将義 編曲:萩田光雄
M8. 「Oh! クラウディア」 作詞・作曲:桑田佳祐 編曲:萩田光雄
M9. 「心 はなれて」 作詞・作曲:小田和正 編曲:佐々木博史
M10.「花瓶の花」 作詞・作曲:石崎ひゅーい 編曲:宮野幸子

(取材・文:人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)

坂本冬美(さかもと・ふゆみ)
1967年3月30日生まれ、和歌山県出身。’87年3月4日、シングル「あばれ太鼓」でデビューし、同年に数々の新人賞を受賞。翌’88年には「祝い酒」でNHK紅白歌合戦に初出場。以来、’23年までに35回出場している。代表作に「火の国の女」「夜桜お七」「また君に恋してる」「ブッダのように私は死んだ」があり、’90年には忌野清志郎、細野晴臣とHISを結成するなど、ジャンルを越えた活動にも精力的。’24年にはシングル「ほろ酔い満月」と、カバーアルバム『想いびと』をリリース。

臼井孝(うすい・たかし)
人と音楽をつなげたい音楽マーケッター。1968年、京都市生まれ。京都大学大学院理学研究科卒業。総合化学会社、音楽系の広告代理店を経て、'05年に『T2U音楽研究所』を設立し独立。以来、音楽市場やヒットチャートの分析執筆や、プレイリスト「おとラボ」など配信サイトでの選曲、CDの企画や解説を手がける。著書に『記録と記憶で読み解くJ-POPヒット列伝』(いそっぷ社)、ラジオ番組『渋谷いきいき倶楽部』(渋谷のラジオ)に出演中。データに愛と情熱を注いで音楽を届けるのがライフワーク。

デイリー新潮編集部

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