【虎に翼】寅子の言葉が物語の指針に…「おかしいと声を上げた人の声は決して消えない」

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上げた声は消えない

 寅子の甥・猪爪直治(楠楓馬)は違憲と主張した裁判官が穂高ら2人しかいなかったことを知ると、「それっぽっちじゃ何も変わらないよ」と嘆く。

 だが、寅子は「ううん、そうとも言い切れない」と語り、そのあと、こう続けた。今後の物語の指針となりそうな言葉だった。

「たとえ2人でも判決が覆らなくても、おかしいと声を上げた人の声は決して消えない。その声がいつか誰かの力になる日になる日がきっと来る。私の声だって、みんなの声だって、決して消えることはないわ」(寅子)

 事実、穂高のモデル・穂積の声は消えなかった。最高裁は1973年、「刑法第200条は憲法第14条に違反する無効の規定」との判決を出した。重罰規定は違憲としたのだ。初の違憲判断だった。このときの裁判長は桂場のモデルである石田。まるでドラマのようである。

 この裁判の被告は栃木県内の20代後半の女性。14歳から実父に性的暴行を受け続け、さらに実父との子供を5人も生ませられた。

 女性は職場で恋人が出来て、結婚を申し込まれ、ようやく幸せを掴みかける。だが、それを聞いた実父は激高し、恋人と会えないようにするため、女性を監禁した。その間にも性的関係を強要した。

 さらに、実父は女性が逃げたら、子供5人と一緒に殺すと脅した。女性は思いあまって、実父を殺害した。1968年のことだった。

 石田らは東京高裁が女性に下した懲役3年6月の実刑判決を破棄。あらためて懲役2年6月、執行猶予3年を言い渡した。穂積の主張は23年を経て認められた。この時点では重罰規定のみ法の下の平等に反するとされたが、1995年には尊属殺人を定めた刑法200条そのものが消えた。

 物語で穂高と一緒に1950年の時点で尊属殺人の重罰規定を違憲としたのは矢野裁判官。モデルは真野毅だ。真野は1973年の判決を高く評価した。しかし、穂積はこの判決を知らない。1951年に他界したからである。穂高は今後、どうなるのか。

寅子への転職の誘いはウソ?

 穂高が尊属殺人の重罰規定を違憲と主張したのは、「出がらし」の精神からではないか。穂高は第67回(1949年)に最高裁長官・星朋彦(平田満)から最高裁裁判官への就任を頼まれたとき、「私なんぞに……」と固辞する姿勢を見せた。既に自分の役割は終わったと思っていたのだろう。

 しかし、星は役割を終えた出がらしだからこそ出来ることがあると説得した。さらに若い世代に残せることがあると訴えた。穂高は尊属殺人の重罰規定が違憲と認められなかろうが、声を上げることが将来のためになると考えたと見る。

 穂高は老獪で深謀遠慮。また、誤解されることを恐れていない。第39回(1942年)、寅子が妊娠を隠して弁護士活動を続け、倒れてしまうと、勤務先の雲野法律事務所に事実を明かし、半ば強引に辞めさせた。

 だが、穂高は寅子に対し、「弁護士の資格は持っているのだから、仕事への復帰はいつだってできる」と説くことも忘れなかった。穂高は女性が出産と育児を終えた後も、希望するなら働ける社会になるべきだと考えていたのだろう。

 第49回(1947年)と50回(同)には司法省(現・法務省)入りしていた寅子に対し、家庭教師に転職することを勧めた。

「家族を養うため、仕方なくこの職に就いたんだね」「この道に君を引きずり込み、不幸にしてしまったのは私だ」(穂高)

 寅子は当然、憤怒した。

「先生は何も分かっていらっしゃらない!」(寅子)

 もっとも、これは穂高の芝居だろう。当時の寅子は「謙虚になった」などと評され、彼女らしさを見失っていた。民法改正審議会で神保が家制度の存続を訴えても意見を口にしなかった。穂高は歯がゆかったに違いない。寅子の「はて?」は穂高に反発したときから復活した。

 穂高が寅子を転職させようなんて思っていなかったことが明らかになったのは第56回(1949年)。寅子に対し東京家裁判事補の辞令が渡される直前、桂場と星の間で、こんなやり取りがあった。

「長官、彼女が例の……」(桂場)、「穂高先生の希望の光だね」(星)。

 寅子は言葉の意味が分からず、きょとんとしていた。穂高は寅子が法の下の平等を実現するための後継者だと思っているのだろう。

 それに寅子が気付くのはいつか。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部

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