都知事選に4回出馬、差別用語連発でNHKと最高裁まで係争…雑民党「東郷健」の生き方

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 7月7日に投開票される東京都知事選。過去最多の56人が立候補したとあって玉石混淆の様相だ。6月20日の告示日には卑猥な姿をした女性が写った選挙ポスターが物議を醸し、候補者が警視庁から警告を受ける事態に発展。別の政治団体は候補者を乱立させた上、ポスター枠を販売していることが問題視されており、まさにカオス状態だ。昔から都知事選には泡沫と呼ばれる候補者がいたが、それなりの気概のある人が少なくなかった。そこで改めて、“泡沫スター”と言われた東郷健氏(1932~2012)の選挙活動を見てみよう。

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 東郷氏は1979年を皮切りに、83年、87年、91年の計4回の都知事選に出馬した(いずれも鈴木俊一氏が当選)。まずは87年の知事選の政見放送で読み上げられた、彼の経歴を見てみよう。

NHKアナ:東京都知事候補、雑民党・東郷健、54歳。関西学院大学卒。銀行員を経てゲイとして働く。現在、ゲイ雑誌出版。エイズの映画と劇を制作。著書「雑民の論理」他。では、東郷健さんの政見放送です。(放送のママ)

 東郷氏は兵庫県加古川市に生まれた。実家は大地主で、祖父は衆議院議員、父親は県議会議員を務めた。自身は関西学院大学を卒業すると第一銀行(現・みずほ銀行)に入行。やがて良家の女性と結婚し、子供ももうけた……が、それは仮の姿だった。

 彼は少年期から同性への愛を自覚していた。銀行を3年で辞めると、養鶏事業に手を出すも失敗。それを機に同好の士たちが集うバーを姫路市に開店する。その評判は東京にまで轟くようになったが、経営上のトラブルを抱えて廃業し、単身上京する。

 東京でバーを開店するとともに専門誌も発刊。同性愛者として差別を受けてきたことから、同性愛者や身体障害者の差別排除を目的として「雑民の会」を設立。同性愛者の解放を掲げて参院選への出馬を決意する。1971年のことだ。

 選挙活動では「東郷健に入れて、入れて」と連呼し、政見放送では「東郷健には投票しなくてもいいから、自公民(自民党・公明党・民社党)以外が推薦する候補に投票して欲しい」「君の生のピストルで、自民党のカマを掘れ」などと発言した。それが泡沫候補と呼ばれる所以だが、それでも86年の参院選(比例代表)では4万2804票を集めたこともあった。

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