「元大企業の重役は嫌われる」「元商売人は職員に好かれる」 老人ホームで快適に過ごすためのコツを事例から学ぶ

ドクター新潮 ライフ

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「定年退職すればタダの人」

 介護職員の中には、こういう人たちが大事にする「秩序」や「ルール」が苦手で介護の世界に飛び込んだという人も少なくありません。そのような職員からすれば、普通の人には学校や会社の延長に過ぎないお説教も、たちまち地獄の時間になってしまう。入居者本人は「その職員のためになる」と思って指導や教育をしているつもりでしょうが、知らぬ間に後ろ指を指されるようになり、最低限の生活介助以外、居室には誰も近寄らなくなってしまうのです。

 必要な介護をしてくれるならそれでいいと思われるかもしれませんが、実はこれは、大変由々しき事態。職員とのコミュニケーションが滞ってしまえば、施設内の情報が全く入らなくなってしまいます。多床室ではなく個室がある老人ホームでも、施設では入浴や食事、レクリエーションなど集団生活が基本。「明日の予定はこうですよ」と教えてくれる職員がいなくなれば生活が立ち行かなくなってしまうのです。そうして施設内で口を利ける人がいなくなり、心身の機能が低下する廃用性症候群になってしまった方も知っていますし、にっちもさっちもいかなくなって転ホームを余儀なくされた方もおられました。

 サルは木から落ちてもサルのままですが、会社の重役や高級官僚であっても人間は、定年退職すればタダの人。「定年後は近所のレストランで皿洗いのアルバイトでもするか」くらいの気概を持てる人の方が、介護施設ではトラブルになりにくいのです。

「元商売人」は付き合いがうまい

 一方、私が見ていて「職員との付き合い方が上手だな」と思ったのは、ある元飲食店経営者のケースです。この方の居室の冷蔵庫の中は、いつ行っても缶コーヒーや栄養ドリンクがぎっしり。でも、これは自分で飲むためじゃなくて、職員が来た際に「ほれ、持っていけ」と渡すために買い込んであるんです。

 缶コーヒーなんてまとめて買えば1本50円とか100円とかそんなものですし、この方も何か具体的に見返りを求めているわけではありませんが、職員からすればやっぱりうれしい。別に缶コーヒーがもらえるからとかではなく、職員はこういう入居者の居室には用がなくとも自然と顔を出す回数が多くなるものです。

 概して職員との付き合いが上手な人というのは、この方のような「元商売人」が多い気がします。商売をしていた方は、経験上、他人に対する些細な気遣いが大きなリターンを生むことを分かっているのでしょう。

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