ペットボトルの水が880円、美術館の日本語ガイドは消滅 欧米で痛感する日本が最貧国という劣等感

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ペットボトルの水が880円!

 日本人の購買力の低下ぶりは、もはや戦慄を覚えるほどだが、スイスに行くと、イタリアはまだマシだと思えるほどの物価高だった。

 ジュネーブのバーでグラスワインを頼むと、どうということのないハウスワインなのに、1杯が日本円で約3,200円もした。日本ではボトルが頼める金額で1杯しか飲めない、ということである。また、エビのリゾットにいたっては、1皿約1万800円であった。庶民的なカフェでエスプレッソを頼めば、薄くて不味い液体が提供され、それが1杯約900円もする。

だが、いちばん驚いたのは、売店で500ミリリットルのペットボトルに入ったガス入りの水を買おうとしたら、880円もしたことである。熱中症になってはいけない、という考えが頭をよぎったが、どうしても買う気になれなかった。

 欧米ではコロナ後のインフレにともない、最低賃金も引き上げられた。一方、低金利政策から抜け出せない日本では、円安の影響で物価高は深刻だが、いくら岸田文雄総理が音頭をとったところで、大企業から中小企業までが足並みをそろえて賃上げを行うような余裕は生まれていない。その結果、物価の影響を考慮した実質賃金は、2年続けて前年を割り込んでいる。

 つまり、ただでさえコロナ後に、欧米との物価や賃金の格差が拡大したところに、歴史的な円安に見舞われているのだから、日本人の購買力が低下するわけである。事実、今回もヨーロッパを訪れて、自分が最貧国からやってきたかのような劣等感を覚えたが、それが「錯覚」とはいい切れないほど、日本が、そして日本の国力が、深刻な状況に追い込まれているといわざるをえない。

日本が瀕死の状況であると痛感する

 この円安を受け、日本人の海外旅行者数が減少するだけならまだいい。しかし、現在、経済的な理由で留学をあきらめる学生も急増している。それはすなわち、世界に伍する人材が育たないことを意味する。また、訪日外国人旅行者は増えても、円の購買力が低下している以上、日本で働こうと考える外国人は増えない。少子高齢化を補うために、外国人労働力を導入することが議論されているが、その是非を問う前に、そもそも外国人に働いてもらうのは難しい。

 いま挙げたのはほんの一例にすぎないが、この異常な円安が続くかぎり、日本が浮上する見込みはかぎりなく失われる、ということには気づくのではないだろうか。

 現在の円安は畢竟、日本と欧米との金利差が開きすぎていることに起因している。したがって、日銀が金利を上げれば、円安も一定程度は解消すると思われる。そうすると、住宅ローンの金利が上昇して困る人が少なくない、という声があるが、局所に配慮をしすぎた意見だというほかない。ゼロ金利が異常なのであって、一定期間、その恩恵にあずかった人は、その後、相応の負担をする必要があるのは当然だろう。

 異常な低金利を守るために、日本がもう浮上できないほど痛められてもいいのか――。考えるべきは、そのことである。海外における日本人の購買力低下を目の当たりにすると、われわれがすでに瀕死の状態であることを痛感する。そこから目を逸らさず、この屈辱的な状況を出発点にしないかぎり、日本の再浮上はないのではないだろうか。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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