中東最強・イスラエル軍の根幹「徴兵制」が揺らいでいる“意外な理由”とは

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国民皆兵制度に疑問符も

 イスラエルでは就職活動など日常のさまざまな場面で、兵役でどの部隊に就いたのかが話題となる。エリート戦闘部隊出身であれば、その時点で二重丸がつけられる。もちろんそうした部隊では厳しい訓練が課され、命の危険にもさらされるが、退役後の安泰が保証されるのだ。

 ただ、それは社会階層の再生産という負の歴史とも結びつく。徴兵制は、国民が等しく兵役という義務を果たすことで、人種や出身地を問わず「等しい権利」が与えられる理想のシステムとなるはずだったが、ペレス学術センターのゼエブ・レーラー博士は、「実際に軍がその機能を果たしたことはなかった」と指摘する。特に、中東出身のミズラヒ系ユダヤ人は、直接的な差別として重要な職務に就くことが禁止されたわけではなかったが、軍内の選抜システムの中で、欧州出身のアシュケナジ系が自然と軍高官に昇進するようになり、ミズラヒ系はいわゆるブルーカラーの職務にとどまることを余儀なくされたケースもあった。

 時代の流れと共に、この国民皆兵制度にも疑問符がつくようになってきた。かつての敵国エジプトやヨルダンとはすでに和平を締結し、安全保障上の懸念は、ヒズボラやハマスなどの非国家主体に移行。2020年以降は、アラブ首長国連邦、バーレーン、モロッコなどのアラブ諸国と相次いで国交を正常化し、情勢が変化する中で、18歳になったら原則として全員が兵役に就き、40代ごろまでを予備役とする徴兵制度は「時代遅れではないか」という議論が行われるようになってきたのだ。

志願制を望む声

 兵士に対する社会の目も変わりつつある。兵役義務後、職業軍人として軍に残った場合、40代で定年を迎え、その後は高額な年金を受け取れる。現地の報道によると、教員や公務員の年金月額が40万円弱だとすると、軍幹部経験者であれば、月額約80万円を受給できる。さらに、本人が希望すれば、年金を受け取りつつ、退役軍人という肩書だけで、すぐにでも立派な仕事に再就職することも可能だった。しかし、これまでの戦争における軍の失策などもあり、かつての「軍の言うことは常に正しい」というような風潮は薄れ、現在は以前ほどの尊敬を集めることが難しくなっている。

 イスラエル民主主義研究所が2018年に行った世論調査によると、「徴兵制度を維持すべきかどうか」という質問に対し、回答者の44%が「維持すべきだ」と答えたのに対し、39%が「志願制にすべきだ」と回答した。1998年には、それぞれ92%と9%で、圧倒的多数が徴兵制を支持していたことと比較すれば、世論には明確な変化が見られる。

 前出のINSSエルラン上席研究員は、「イスラエルは経済的に発展し、スタートアップ国家として世界に受け入れられ、国際社会の一員になった。現在のような強靭で強大な軍隊は必要ないのではないか。軍事費を増やす代わりに、国内の社会的・経済的ニーズに資金の大半を投資しようじゃないか。そういう考え方が増えてきた」と指摘する。

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