「一人の人間として向き合ってくれた」 モデルで作家の前田エマが「ピアノの先生」にいまも感謝する理由
「いい生徒ではなかった私に、一人の人間として向き合ってくれた」
18歳の頃、たいして勉強もしないくせに大学受験を理由にピアノを辞めた。先生とはマンションで時々ばったり会うくらいになった。大学4年生のある日、「少し前にちょっと入院していたんだけれど、隣のベッドがエマちゃんのピアノの先生で、エマちゃんの話をしたよ。エマちゃんは本当にいい子だとうれしそうに言っていたよ」と幼なじみが言った。それからしばらくたって、先生が亡くなったことを知った。
あっという間にバルコニーの木々は取り払われ、新しい住人が暮らし始めた。死に向かう姿を私に見せなかったのは先生らしいなと思うけれど、お別れがないというのは、永遠に空っぽの日々が続いてしまう。先生の部屋の前を通り過ぎるたびに、あの古びた宝箱のような教室がまだそこにある気がする。
ピアノを弾くことより歌う方が好きな私に、先生は途中から声楽も教えてくれた。私は発表会のために覚えた2曲なら今でも弾くことができるし、最近は朗読会で、人前でギターを弾きながら歌ったりしている。先生が教えてくれたことが私の人生をちゃんと楽しくしてくれている。決していい生徒ではなかった私に、一人の人間として向き合ってくれたこと。そして音楽がそばにある喜びを携えながら生きるうれしさを教えてくれたことに、本当に感謝している。
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