「イモ引いた罰でんな……」 元「マトリ部長」が明かす“山一抗争”で「ヒットマンになれなかったヤクザ」が背負った悲哀

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「オレは負け犬ですわ」

 男は、続けた。

「すぐ我に返って“ただの冗談や!”言うたんですけどね。女はその気になってしまって、瀬戸さんのところへ……。いや、女だけじゃない。自分もどこかでそれを期待していたような気がします。ただ、“そやけど、やっぱりもう行かなあかん。オレの仕事やから”と覚悟決めてね。準備に入ったんですが、その矢先のことですわ。自宅の裏にある駐車場で、いきなりハイビームに照らされたかと思うと、集団からめった刺しにされてしもうて。こんな体になってしまいましたわ。イモ引いた罰でんな。兄弟分もヤラれて組は消滅。情けなくて、いまだにやり切れんです。オレは負け犬ですわ」

 詳細は割愛するが、彼はこうも言っていた。

「女はもっと辛かったと思います。あいつは大学生の夏休みにミナミに遊びに来て、チンピラのシャブ屋にナンパされてね。シャブを教えられて、そのまま大学を中退。パケの配達までやらされた。そして、瀬戸さんに逮捕されて初犯で懲役に。その男とは別れたけど、今度は、実の弟が男にそそのかされてヤクザになり、その後、破門にされたまま行方がわからへん。東京の家族には縁を切られるし、その上、最後の男がオレですわ。働けない元極道を背負うなんて、なんか可哀そうでね。ほんま申し訳ない……」

 薬物捜査を長くやっていると、多くの悲劇に遭遇する。現役時代は感情に流されず、裁判で有罪を勝ち取ること、密売組織を壊滅することだけに集中した。しかし、振り返れば多くのドラマがあった。この男女のドラマもそうだろう。

 年明けに男が亡くなったとの訃報を受け、線香をあげてきた。歳を重ねた彼女の、潤んだ瞳がとても美しかった。一体、彼女はどんな気持ちだったのだろうか。

シャブとヤクザの世界に共通するのは玄関の間口が広いことだ。しかし、出口は狭い。そ こを出るとき、人は必ず傷ついている。シャブはやらせない。ヤクザにもトクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)にもさせない。そんな社会環境を構築しなければ、今後も悲劇は繰り返される。

第1回【「シャブは用意するから彼を懲役に行かせてほしい」 姉御肌の美女が「恋人」の逮捕をマトリに懇願した“切なすぎる理由”】では、恋人を想う女性のあまりにも大胆な行動について報じている。

瀬戸晴海(せと はるうみ)
元厚生労働省麻薬取締部部長。1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒。80年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを歴任し、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。18年3月に退官。現在は、国際麻薬情報フォーラムで薬物問題の調査研究に従事している。著書に『マトリ 厚生労働省麻薬取締官』、『スマホで薬物を買う子どもたち』(ともに新潮新書)、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』(講談社+α新書)など。

デイリー新潮編集部

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