「イモ引いた罰でんな……」 元「マトリ部長」が明かす“山一抗争”で「ヒットマンになれなかったヤクザ」が背負った悲哀

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第1回【「シャブは用意するから彼を懲役に行かせてほしい」 姉御肌の美女が「恋人」の逮捕をマトリに懇願した“切なすぎる理由”】からの続き

 1980年代の日本列島を震撼させ、史上最悪の暴力団抗争と呼ばれた「山一抗争」。その最中、麻薬取締官だった著者のもとに、かつて逮捕した女から電話があった。姉御肌の彼女が心を寄せていたのはヒットマン志願者――。彼女は架空の覚醒剤事件を仕組み、マトリに彼を逮捕させることで、ヒットマンになることを防ごうと考えた。だが、彼女の目論見は外れ、さらに、恋人は敵対組織からめった刺しにされてしまう。【瀬戸晴海/元厚生労働省麻薬取締部部長】

(全2回の第2回)

「あの頃が懐かしいね。熱くなっちゃった」

 それから約10年が経った頃、横浜で勤務していた私に、女から電話があった。

「いまは横浜に来てるの? 私たちも横浜よ、なんとかやってるから。彼は障害が残ってちゃんと仕事できないけど、もうヤクザはやめたよ。そうそう、ミナミの友達の娘がシャブに溺れて苦しんでいるの。親子で近麻(近畿厚生局麻薬取締部、通称・キンマ)に相談に行かせてもいいかな。ほんとにいい子なの」

 まさに姉御肌の彼女らしい電話だった。横浜の下町で小さな居酒屋を経営しながら男と細々と暮らしていると聞き、少しホッとした。

 そして、私が『マトリ 厚労省麻薬取締官』(新潮新書)を上梓した2020年の冬のことだ。「兄貴の本、買って読んだよ。あの頃が懐かしいね。熱くなっちゃった」と、久しぶりに彼女から連絡があった。退官した私の行方が掴めなかったのか、新潮社経由の手紙だった。

 そこで電話をかけて、安否を尋ねると、「旦那はがんに侵されているけど、何とか頑張ってる」とのこと。同病相憐れむというか、懐かしさもあって心が動いた。

――今度、旦那に会わせてくれないか?

女の満面の笑みを見て、なぜか怖じ気づいた

 男と初めて面会した。その世界で一時は名前の売れた男だ。老いても渋みがある。醸し出す雰囲気が、実に“かっこいい”。物静かで頭も低い。妙に気が合って話し込んだ。共通の話題と言えばもっぱら“山一抗争”。ああだった、こうだったと盛り上がった。そうしたなか、男は遠い目をしながらこう切り出した。

「もう覚えてないと思うけど、昔、女が妙な相談に行ってすんまへんでした。実は、オレが酒に酔っていらんこと言ってしまったから……。恥ずかしい話、イモ引いて(怖じ気づいて)しまって。“こんなとき、シャブかなんかでパクられて3年くらい懲役に行ったら、体を張らんですむのにな……”なんて弱気なこと口にしてね」

 男は抗争の只中、そろそろ自分が“走る”べきだと思ったらしい。周辺もそれを期待したし、自身も「金星とってかっこつけかった」という。一緒に行くと言ってくれる血気盛んな弟分もいた。ちょうどその頃、彼女の親友が子を儲けたそうだ。そして、彼女は喜び勇んで「子供がほしい」と男に言い始めた。

 女の満面の笑みを見ていると、なぜか怖じ気づいた。「そもそも向いていない、自分は暗殺者にはなれない」と。だが、いまさらカタギにはなれない。じゃ、どうする――。シャブを用意して、ガサにきた近麻にパクってもらおう。近麻は警察と違うから抗争のことをとやかく聞くことはないだろう。一瞬とはいえ、そんなことを考えてしまったという。

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