「シャブは用意するから彼を懲役に行かせてほしい」 姉御肌の美女が「恋人」の逮捕をマトリに懇願した“切なすぎる理由”

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太腿と背中をめった刺しに……

 つまり、彼女は架空の“覚醒剤事件”を仕組んで男を逮捕させ、ヒットマンになるのを防ごうとしているのだ。気持ちは分かるが、そんな犯罪行為は絶対にさせられない。「バカ言うな! それは犯罪じゃないか。男は知ってるのか、本人と会わせろ」。私は語気を強めたが、「会わせたら必ず逮捕してくれる? 私も一緒に逮捕してよ、約束してくれる?」と彼女は譲らない。

 挙げ句の果てには、「もういいよ。兄貴(彼女は私のことをなぜかこう呼ぶ)なら、なんとかしてくれると思ったのに。全部うそだよ」と怒りながら出て行ってしまった。

 私は狐につままれたような気分になった。だが、それから2週間後、彼女から掛かってきた電話に衝撃を受けることになる。

「この間は興奮してごめんね。あの人、あれから刺されちゃった。太腿と背中をめった刺しに……。かろうじて生きてるけど、もう動けないかも。やっぱり悲しいね」

 私は驚愕した。暴力団抗争のもたらす惨劇が、我々の面前に存在することを改めて認識するとともに、自分にもっと何かできることはなかったのか、と大いに後悔した。

 その後、彼女からの連絡は途絶えた。めった刺しにされたという男の事件がどうなったのかも分からない。抗争の一事件として処理されたとの噂も耳にした。

第2回【「イモ引いた罰でんな……」 元「マトリ部長」が明かす“山一抗争”で「ヒットマンになれなかったヤクザ」が背負った悲哀】では、「金星とってかっこつけかった」男を襲った一瞬の“逡巡”と、その後の人生が明かされる。

瀬戸晴海(せと はるうみ)
元厚生労働省麻薬取締部部長。1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒。80年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを歴任し、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。18年3月に退官。現在は、国際麻薬情報フォーラムで薬物問題の調査研究に従事している。著書に『マトリ 厚生労働省麻薬取締官』、『スマホで薬物を買う子どもたち』(ともに新潮新書)、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』(講談社+α新書)など。

デイリー新潮編集部

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