【叡王戦第5局】敗れた藤井聡太は「チェスクロックでの時間の使い方に課題」早指しに少し狂いが出たか
将棋の叡王戦五番勝負(主催・不二家)の第5局が6月20日、山梨県甲府市の常磐ホテルで行われ、156手の大熱戦の末、挑戦者の伊藤匠七段(21)が藤井聡太八冠(21)に勝利、初タイトルを獲得した。藤井のタイトル戦連覇記録は22でストップ。全タイトル独占期間は254日で終わった。【粟野仁雄/ジャーナリスト】
【写真】「ぽっちゃりと可愛らしい顔」だった伊藤匠少年 「顔が細くなりオッサンぽくなった」(宮田利男七段談)姿と比較
解説者が思わず「えっ?」
先手は藤井。双方が「居飛車」で飛車先の歩を進める。角交換から「腰かけ銀」で進んだ対局は、藤井が盤の左隅に玉 を穴熊で囲った。お互いこの「エース戦法」を想定していたのか、開始15分で30手まで進む速さだったが、駒がぶつかる中盤から互いに長考を重ねる。伊藤が持ち時間を多く使い、その差が一時は1時間ほどになった。
昼食に、藤井は天ぷらそば、伊藤はカレーライスを選んだ。
131手目に藤井が「6四桂」と打つと 、ABEMAで解説していた増田康宏八段(26)が「えっ、『6四桂馬』?」と声を上げた。その瞬間、AI(人工知能)の評価値が、藤井のやや優勢から伊藤の勝率80%に変わった。一緒に解説していた長谷部浩平五段(30)も違和感を口にした。
増田八段は藤井が公式戦最多連勝記録となる「デビューから29連勝」を達成した時の対戦相手で、因縁がある若手の一人。昨季、名人戦順位戦のB級1組を「1期抜け」する快挙を成し遂げ、今季のA級リーグ戦ではすでに菅井竜也八段(32)を破っている。
手に汗握る終盤は、先に藤井が4時間の持ち時間を消費し、1分将棋に追い込まれる。玉の周囲を固めずに広く動けるようにしていた伊藤は「自玉は詰まない」と冷静に読んでいた。劣勢の藤井は最後まであきらめずに王手の連続で伊藤玉を追うが届かず、桂馬の王手に「4二玉」と逃げられた時点で投了した。
課題は時間配分
対局後、藤井は「チェスクロックでの時間の使い方が課題」と振り返った。チェスクロック方式は秒単位で消費時間を加算する。一方、棋聖戦などで用いられるのは、1分未満の秒単位の消費時間を加算しないストップウォッチ形式である。チェスクロック方式のほうが持ち時間が消費されやすく、1分将棋にもなりやすい。
藤井は2日制など持ち時間の長い対局が多くなり、早指しに少し狂いが出たのかもしれない。今年2月には早指しの朝日杯将棋オープン戦で永瀬拓矢九段(31)に破れている。実際、今回の叡王戦を見ても、敗れた3局とも藤井が先に1分将棋に追い込まれた。
藤井がタイトル戦に登場した頃は2日制などの長時間の対局の経験が少なく、時間配分が心配された。当初は配分がまずい部分もあったが、大一番を重ねるごとに克服してきた。しかし、全タイトルを独占してしまうとタイトル戦の予選に挑むことがなくなった 。藤井が早指しに弱かったわけではないが、そんな中、少し精度に狂いが出ていたかもしれない。
この日、「情報ライブ ミヤネ屋」(日本テレビ/読売テレビ制作)に出演した藤井の師・杉本昌隆八段(55)は「1分将棋になっても持ち時間が長い将棋(と同じ)で考えてしまっているのでは」と心配していた。超トップクラスの闘いでは、わずかな狂いが勝負に影響してしまう。今後、藤井が持ち時間の使い方をどう修正してくるかも見ものである。
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