「自分の“死の床”までリポートしたい」 “体当たり取材”で人気の「オバ記者」が語る“アラ古希”でも仕事が途切れない理由

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やりたいことは全部やりきりたい

 そして話を合わせていたらしつこく夕食に誘われた。そこで彼は私に一口1000万円の未上場の自社株を今なら3口まで分けてあげられるから買わないかと言い出したのです。ま、ロマンス投資詐欺ですね。

 彼だけじゃありません。私を金持ちと勘違いする人が後をたたず、今でも「会いたい」という人の半分はネットワークビジネス話がらみなのは、喜んでいいのか、ナメられていると怒るべきなのか。いや、いっそ、スマホで口座残高を見せてビビらせてやろうかしら、なんてね。

【5】オバ記者はいつまでこのようなライター活動をしたいと考えているのでしょうか。

 それはもう出来るなら“死の床”までリポートしたいですよ。自分がどんな風に老いて亡くなるのか、すごく興味があります。年子の弟を7年前に亡くしてから義父、母親、途中で19年暮らした愛猫を見送ったら、あちらの世界に行くのが特別なことではないように思えてきました。65才の時に境界悪性腫瘍という病気で卵巣と子宮の全摘手術をしているし、つい先日はすい臓にのう胞があると診断されました。

 元気なふりをしていますが、いつまでもでもそれが続くとは思いません。だからこそ、それまでに自分がやれること、やりたいことは全部やりきりたいと思っています。これは身内の死を経験するまではまったく思わないことでした。

実際に起きたこと以上に面白いことはない

【6】“自分を曝け出すライター”という分野の第一人者ですが、それはイヤではありませんか? なぜその方向に行こうと思ったのでしょうか。

 そもそも読者が面白いと感じることは、書いたら差し障りがあることです。リアルな描写は相手を特定して迷惑をかける。若い時にそんな経験を何度かしています。自分が主人公ならその心配が少ない。もっとも私が消費者金融から高利貸しにまで借金するようなギャンブル依存症だった、なんて話は親が生きていたら書けませんでした。

 まぁ、これは私がインテリでないからかしら。フィクションのほとんどが面白いと思えないんですよ。読むのも書くのもノンフィクションばかりで、実際に起きたこと以上に面白いことはないと思い込んでいます。

――さぁ、このような人生を送ってきたオバ記者、これからも破天荒にこの満面の笑顔で我々にナイスな記事を出し続けてくれるでしょう。なお、「オバ記者」の後は「ババ記者」になるんですか? と聞いた時は「どうかな…」と言っていたが、恐らくオバ記者は一生オバ記者であり続けると私は思っています。

第1回【ギャンブル依存に借金苦、闘病生活までネタに…67歳「オバ記者」が明かす「ライターとして最大の危機」だった瞬間】では、人気ライターで、“オバ記者”の愛称で親し間れる野原広子さんが、これまでに味わった最大のピンチなどについて語っている。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。

デイリー新潮編集部

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