「たのって呼ぶぞ」伊藤匠七段 少年時代の秘話を師匠が明かす 藤井聡太が通った将棋教室との“違い”とは

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 現在、将棋の叡王戦五番勝負で藤井聡太八冠(21)に挑み、対戦成績2勝2敗で「八冠崩し」の筆頭に立つ伊藤匠七段(21)。彼が幼い頃に通っていたのが東急田園都市線の三軒茶屋駅から徒歩3分ほどの古いビルの2階にある「三軒茶屋将棋倶楽部」(東京都世田谷区)である。教室の経営者で伊藤七段の師匠でもある宮田利男八段(71)に話を聞いた。(前後編の前編)【粟野仁雄/ジャーナリスト】

老若男女が集まる教室

 年配の男性や女性、高校生など、様々な年齢層の生徒が好きな時間に教室にやって来ては三々五々、「お願いします」と盤の前に座る。宮田さんは次々と指導する。

「ダメダメ、それじゃあ角がただで取られちゃうでしょ、しっかり見て」
「相手の番の時は駒を触っちゃダメ」
「もっと速い手があるでしょ。その手は遅い」

 父親に連れられ初めて教室にやってきた男の子がいた。宮田さんはさっと盤から駒の多くを片づけた。

「これで勝ったらかなりのもんだよ」

 宮田さんの駒は玉と歩、金2枚だけ。10枚落ちのハンディでも宮田さんが男の子に勝った。「どこから飛車が成り込めるか考えてごらん」とアドバイスして2局目に挑ませる。

生徒にお菓子を勧める理由

 生徒の将棋盤をぐるぐる回って一手ずつ指す、いわゆる「多面指し」なので、宮田さんは立ちっぱなし。昼食も餡子菓子をほおばっただけだった。相当体力があるのだろう。

 宮田さんが一回りしてくると、今度は幼い女の子が盤の前ですやすやと寝てしまっていた。「あれあれ、ナナちゃん、大丈夫かな?」と宮田さん。付き添いの母親は「自転車を漕いできて疲れちゃったみたいなんです」と申し訳なさそう。なんとも微笑ましい。しばらくして起きてきたナナちゃんは、なかなかしっかりした手を指していた。

 トイレに行く時も子供たちは黙って行くのではなく「トイレお借りします」と声に出してから行く。礼儀を身に着けている。

「いやあ、これは負けました」と宮田さんが頭を下げた。勝った女性は神奈川県相模原市から通っているといい「最初は地元の教室に通い出したんですが、ここがいいって言われたんですよ。将棋が少しわかってきた気がします」と話していた。

 午後6時ごろに店じまい。宮田さんは「これ食べない?」「食べませんか?」と生徒たちにしきりにお菓子を勧める。お菓子が豊富にある理由は「匠が出ている叡王戦のスポンサーが不二家なんで、たくさんもらってくるんですよ」という。

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