61歳で保育士の資格を取るために専門学校へ、63歳で保育園に就職…元パ・リーグ首位打者(65)が明かす第二の人生「コツコツやるのは得意です」

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還暦で始めたピアノのレパートリーはすでに40曲に

 還暦を過ぎてから、一から始めた専門学生としての日々は刺激に満ちていた。

「そのときはもう61歳になっていました。周りは高校卒業したばかりの18歳、19歳ですよ。一応、ロッテのコーチ時代にその世代の人たちとは接していましたけど、当時は《コーチと選手》という関係でした。でも、専門学校時代は《同級生同士》ですからね。“説教臭いことは一切言わないようにしよう”と心に決めていました(笑)」

 初めは距離を置いていた「同級生たち」とも、数々の実習を通じて仲良くなる。高沢の前職が話題になったこともあった。

「あるとき、“高沢さん、前は何をやっていたの?”と聞かれたから、正直に答えると、みんなすぐに携帯を取り出して、“あっ、ホントだ。ここに高沢さんがいる!”って盛り上がったこともありました(笑)。それからはさらに仲良くなって、すぐに仲間に入れてもらって、よく我が家にもみんなで遊びに来ましたよ」

 子どもはすでに独立し、10年前に妻は亡くなっていた。そんな高沢にとって、新たな友だちと出会い、夢中になって新たな夢を追いかける日々はとても楽しく、とても充実していた。そして2年が経過し、63歳になる年に、現在の保育園への就職が決まった。そこは、「専門学校に通った方がいい」とアドバイスをくれた系列の保育園だった。

「ずっと前傾姿勢を続けているから、働き始めてすぐに椎間板ヘルニアになってしまいました。野球をやっていたときは大丈夫だったのに、まさかこの年で手術を受けることになるとは思ってもいませんでした(笑)。でも、復帰後は本当に楽しく充実した日々を過ごしています。やっぱり、子どもたちの笑顔は最高ですから。担当しているクラスは0歳、1歳の子ばかりですけど、“子どもを一人の人間として扱う”ということは決して忘れずに、毎日を頑張っています」

 早番の日は朝4時に起きて、家事を済ませてから7時前には出勤する。肉体的には大変だけれど、それにも勝る充実感に包まれている。「野球選手時代もコツコツ練習していましたから、コツコツやるのは得意なんです」と高沢は笑う。

「現役時代、僕には技術がなかったから、コツコツ毎日練習するしかなかった。だけど、コツコツ努力すれば誰でも一流選手になれるわけではありません。努力に加え、さらに素質や運も影響してきます。それでも、素質だけでは必ずどこかで頭打ちになる。コーチ時代に、そういう選手をたくさん見てきました。だからやっぱり、コツコツやるしかない。野球選手というのはみんな小さい頃からコツコツやってきた人たちばかりだから、きっと第二の人生でも楽しく過ごすことはできるはずだと、僕は思いますね」

 プロ野球選手時代の実績については「たまたま」を繰り返していた高沢は、現在の保育士時代については「コツコツ」という言葉を何度も口にした。最後に「コツコツと努力を続けるための秘訣はありますか?」と尋ねると、口元から白い歯がこぼれた。

「簡単ですよ。好きなことをやればいいんです。好きなことならば、誰だってコツコツ取り組むことができますから。実は最近、ピアノを習っているんです。初めは保育士の資格を取るために、独学で童謡の『こいのぼり』から始めて、今では自発的に習っていて、レパートリーは40曲ぐらいありますよ。これが本当に面白くってね」

 休みの日には家事の合間に、かつて娘が使っていたピアノを自宅で弾いている。ショッピングセンターに置いてあったストリートピアノにチャレンジしたこともある。「腕前はまだまだ」と謙遜する高沢が、このとき弾いたのは「カノン」だった。

「いつまでもドキドキすることに挑戦してみる。好きなことであれば踏ん張りがきく。今は本当に毎日が楽しいです。実は、野球はあまり楽しいと思ったことがないんです。今日ヒットを打っても、また明日の試合の不安が待っているわけですから。でも、今はもちろん責任は大きいんですけど、本当に毎日が楽しいんです」

「楽しい」という言葉を何度も繰り返しながら、高沢秀昭は再びほほ笑んだ――。

(文中敬称略)

前編では、王子製紙苫小牧からドラフト2位でロッテ入団。当時のパ・リーグ名物投手との対決や、伝説の「10・19」ロッテvs近鉄の舞台裏などについて報じている。

長谷川 晶一
1970年5月13日生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務を経て2003年にノンフィクションライターに。05年よりプロ野球12球団すべてのファンクラブに入会し続ける、世界でただひとりの「12球団ファンクラブ評論家(R)」。著書に『いつも、気づけば神宮に東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』(集英社)、『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』(双葉文庫)、『基本は、真っ直ぐ――石川雅規42歳の肖像』(ベースボール・マガジン社)、『大阪偕星学園キムチ部 素人高校生が漬物で全国制覇した成長の記録』(KADOKAWA)ほか多数。

デイリー新潮編集部

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