ちあきなおみがコンサートの舞台裏で必ず水桶を用意させた理由【元マネージャーの証言】

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「ちあきなおみは、もういないの」

 夜の静寂に包まれ、ふと、私は心地よい悲しみの中で我に返った。

 儚く、ちあきなおみの歌声が聴こえてくる。

 郷鍈治亡きあと、

「ちあきなおみは、もういないの」

 私は幾度となく、この言葉を彼女の口から聞いた。

「自然に忘れられてゆきたい」と。

 それでも、愚かにも私の青春は、ちあきなおみは必ずもう一度歌うだろうと信じて疑わなかった。たとえ歌の中の人物と自身の心情が絶望的に絡み合ったとしても、その躰に刻印された悲しみを歌い切るだろうと、そう思い込んでいたのだ。

 だが、ちあきなおみは帰らなかった。

「私は、郷鍈治のために歌っていた」

 どれほど復帰を望む声が絶えなくとも、幾度となくブームが再燃しようとも、そこに甘えることなく、彼女は二度とその姿をあらわすことはない。

 言うなれば、未だつづく終わりなき沈黙は、なにものにも屈せず、なにものにも向き合い、なにものにも筋をとおす、ちあきなおみの、なにものにも揺るがすことのできない郷鍈治への強い愛なのだ。

 しかし、その沈黙を包み支えているのは、自然に忘れてしまうことなど叶わぬ、あの、悲しい歌声なのである。

 夜色の底から聴こえてくるその歌声は、夥しい旋律の綾糸で、私の躰に言い難き憂愁の情を織り込み、束の間も自分を憩わせない。

 ちあきなおみは言った。

「悲しい歌が好き」

 そろそろ庭に、月下美人が咲く頃だ。

 花言葉は、「ただ一度だけ会いたくて」

 我知らず、私は、泣いた。

デイリー新潮編集部

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