ちあきなおみがコンサートの舞台裏で必ず水桶を用意させた理由【元マネージャーの証言】

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 今年6月でデビュー55周年を迎えた歌手・ちあきなおみ。それを記念してデビュー日である10日には、かつて彼女が在籍したレコード会社3社から300曲以上のダウンロード配信が開始 される。節目の日を前に、ちあきの活動停止を挟んで8年間、マネージャーを務めた古賀慎一郎氏(57)が、あらためて「歌手・ちあきなおみ」の魅力を多くの人に知ってもらいたいと、本人から聞いた思い出や秘話をもとに、デイリー新潮に手記を寄せた。中編では夫・郷鍈治と出会い、独自路線を歩むまで。今回はかつて「悲しい歌が好き」と語り、いまだ沈黙を守るちあきの素顔に迫る。(前中後編の後編)

「朝日のあたる家」

 ちあきなおみが歌う「朝日のあたる家」は、言わば私の青春だった。

 私は郷鍈治の下、ちあきの付き人兼マネージャーとなり、初めて至近距離で体験したのがこの歌だったのである。アメリカのフォークソングをカバーしたこの歌は、ニューオリンズの女郎屋が舞台となり、娼婦となった女性が過去を懺悔する。ちあきなおみがこの歌に挑むときの心持ち、これほどまでに我を示すしか手はないというその歌いっぷり、表情に見え隠れする虚無の匂い、僅かな仕草から香る魔物めいた妖麗さ、彼女独自の影の気配……それは、自己の悲しみを頑固なまでに信じた人の、自負心を携えながら血みどろになっている姿である。

 私の青春は、ちあきなおみのバックステージ、その暗闇にあった。

 劇場の長い廊下を、楽屋に向かってその人が歩いている。その背中を追うように、私は無言で付いてゆく。リハーサルを終え、本番に向けてその人は、徐々に、ちあきなおみへと変わってゆく。

 私はステージ本番前のちあきなおみに、暗黒の海へと向かう、永遠につづく途をひとり静かにゆくような、圧倒的に孤独な女性の影を見ていた。その影は、時には怯え揺らめき、時には花園を見つけ憩い、時には心急くままに、周辺に漂う空気を虚構世界へと変換してゆく。

 ステージチェックを終え、しばらくは笑顔も見られ平静とした時間が流れるが、ヘアメイクをしながら本番が迫ってくると、次第に無口になり、「もう誰も楽屋には入れないで」と、迂闊には声が掛けられないほどの雰囲気となる。そして、衣装に着替える時間になると、私は楽屋前に控える。扉の向こう側からはただならぬ気配と、殺気と言ってもいいくらいの緊迫感が伝わってくるのだ。

 ちあきなおみは今、なにを考え、なにを思うのだろうか……。私はいつもこのことを思い巡らせていたが、なにか本人の自分自身へ向ける怒りのようなものを感じていた。それは、この場面で必ず聞こえてくる、発声練習の声の響きの中に込められていた。

 私は、舞台監督が伝えにきた「本番、十分前です」という言葉に頷きながら、扉をノックして外側から本人に伝える。その声に呼応するかのように、発声の音量が高まり、魂を喉で震わせ、声を部屋の壁に叩きつけるかの如く、本人の、常にちあきなおみに満足しない、切迫とした思いが伝わってくるのだ。私はこの時間いつも、歌手・ちあきなおみの凄みを感じていた。

 本番五分前となると扉が開き、その人、ちあきなあおみがはっきりとした輪郭を整えてあらわれる。その身体からは冷気が漂い、一見穏やかな眼は、途の果てにある遠い彼方をじっと見据えているようだ。私はその眼差しに、自らの影を置き去りにして、歌をつれ、ステージで波にさらわれ海底に沈むことも厭わないといった悲壮感を垣間見て、戦慄を禁じ得なかった。

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