【デビュー55周年】ちあきなおみと運命の人「郷鍈治」はどんな関係だったのか 元マネージャーの証言
「夜へ急ぐ人」
「どのような歌であれ、根底に流れているものは同じ」
それは自身の言葉どおり、美空ひばりの形姿を継承するのではなく、歌う魂を継承してゆく道筋を歩むことになるのである。
「夜へ急ぐ人」という歌がある。伝説として語り継がれるこの歌は、ちあきなおみをして、
「友川かずき(現・カズキ)さんの歌を聴いたとき、歌というものはこういうものなのだと、泣けて泣けてしょうがなかった」
と、直接依頼して作られた歌である。女の心の暗闇に息を潜めて存在するもうひとりの女の正体を覗き込む恐怖、自らの心の奥底を見てしまう、人間最大の幻想である狂気へと向かった歌である。この楽曲の発売に向け、レコード会社の反対を強硬に押し切ったのは郷鍈治だった。ちあきなおみの中に、友川カズキの歌によってさらに燃え上がった歌魂を嗅ぎ取り、一気呵成に虚のちあきなおみから真のちあきなおみへとカードをひっくり返すという、行動に出たのである。
レコード会社が推す美空ひばり路線の輪郭を打ち消すには、「夜へ急ぐ人」しかなかったのであり、またこの歌は、独自路線のど真ん中に位置する、他のだれにも歌い得ない歌として、だれもが予想だにしなかった光がちあきなおみを照らした歌でもあった。
そしてその妖しいまでに狂躁にみちた表現は、いわゆる職業歌手とは一線を画す孤高なるアーティストの気配を漂わせながら、歌手としての規定を超越する凄みというものを見せつけたのだ。「夜へ急ぐ人」は、まさに真のちあきなおみならではの、虎穴からの脱却でもあったのである。そしてこの1977年、歌謡界からの一斉射撃を承知の上で、無謀にも「ちあきなおみの歌を聴いてくれ」と、紅白歌合戦をこの歌で出場する。何という度胸であろうか。
しかし、「夜へ急ぐ人」で狼煙を上げたちあきなおみ路線は、やはり業界との摩擦を生み、悪意と中傷にさらされながら、執拗に狙い撃ちされることになる。だが、頑なに独自路線を辿った郷鍈治とちあきなおみの道程は、次々と歌のジャンルの殻を破り、ちあきなおみ路線を証明していくことになる。
そして今、魂の歌はジャンルを超え、ちあきなおみ一代のジャンルとして、マイクを置き30年以上経過したにもかかわらず影を潜めることなく、逆に鮮烈な光を放って聴き手の心に射し込まれているのである。
***
郷鍈治はいつも私にこう言った。
「いつも俺の後ろにいろ。そして、ちあきだけを見ろ」
そして最後に、
「ちあきに付いていることを誇りに思え」
そう言い遺して、郷は逝ってしまった――と振り返った頃は、斜陽静かに輝き、初冬の夕空から消えゆこうとしていた。
ちあきなおみが駆けてきた。
「こんなところまで…置いていかれると思った」
少しだけ、ほんの少しだけ泣きそうな顔をした。
*後編「ちあきなおみがコンサートの舞台裏で必ず水桶を用意させた理由【元マネージャーの証言】」では、ちあきなおみが復帰しない真の理由を明かす。
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