米軍キャンプ、美空ひばりのステージ、父親との確執…ちあきなおみの幼少期を元マネージャーが明かす【デビュー55周年】

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 歌手のちあきなおみが、6月10日でデビュー55周年を迎える。これに先立つ3月20日にはコンセプトアルバム「銀嶺」が発売され、5月26日にはBSテレビ東京で特番「ちあきなおみデビュー55周年~心を照らす不滅の歌声~」が放送された。番組ではシャンソンの名曲「18才の彼」を歌う、ちあきの秘蔵映像が公開された。

 そしてデビュー日となる10日、ちあきが在籍したレコード会社3社から、300曲以上のダウンロード配信が開始 される。圧倒的な歌唱力と表現力で多くのファンを魅了したちあきだが、1992年に夫で元俳優の郷鍈治氏と死別してから、芸能活動を停止している。だが、その歌声はいまだに多くのファンの心をつかみ、復活を願う声は絶えない。

 節目の日を前に、活動停止を挟んで8年間、ちあきのマネージャーを務めた古賀慎一郎氏(57)が、あらためて「歌手・ちあきなおみ」の魅力を多くの人に知ってもらいたいと、本人から聞いた思い出や秘話をもとに、デイリー新潮に手記を寄せた。(前中後編の前編)

悲しい歌が好き

 ちあきなおみの面影が、ふと消えてはまた浮かぶ。夜の静けさの中にひとり彼女を想うとき、何とも心地よい悲しみが、私の躰に染み込んでくる――。

 暦を数えれば、今年はデビュー55周年。マイクを置いてから30年以上が経過したのにもかかわらず、未だその歌声が求められている。その勢いは、再び、ちあきなおみにマイクを握らせるという、ファンの夢に結実していくのであろうか。

 私が彼女の下で過ごした日々を告白した『ちあきなおみ 沈黙の理由』(新潮社)を発表してから4年が経つ。今でも静寂の中に耳を澄ませば、ちあきなおみの歌声が聞こえてくる。尚耳を傾ければ、彼女の面影が色濃く浮かび上がり、夜の闇の中に溶け込み揺れているではないか。私はその幻影を見つめると、あの日々が強くよみがえり、まるで一篇の映画を観るかのように、ただ一つの星瞬く夜空を見上げるのだった。

 とある歌番組の収録の帰り、車の中で私は、

「ちあきさんは、どういう歌が好きですか」

 と、尋ねたことがある。彼女は言下に、

「悲しい歌」

 と答え、ふと窓の外を見ながら笑った。何故、悲しい歌が好きなのか。それは言葉には出来ないし、また、明確な答えはないと言う。

 私は運転席からバックミラーの中の彼女の顔を窺った。ぼんやりと、遥か彼方を見つめているようだった。その横顔に、1972年12月31日、日本レコード大賞を受賞した際の「喝采」の歌唱シーンが二重写しになる。

 ブラウン管に映し出される光景を目で追っていた私は、当時5歳。歌いながら、透きとおった頬に伝うちあきなおみの涙が、ただ、その調べとともに心の奥に染み入ってくるのを感じていた。子供ゆえに、悲しみというものに確たる観念はなくとも、どこかで、はじめてそのような感情が胸に押し寄せてくるのがわかったのだ。

 なぜ、この女の人は泣いているのだろう。なぜ、泣くまいとしながらも涙がこぼれているのだろう。

 それでも、歌わなければいけないと、消え入りそうな声で奏でられる歌は、今も囁くように、忍び泣くように、私の耳の底にいつまでも尽きることなく響いているのだ。

 あの日、私が夢見たのは、この歌手と歌の中で溶け合い、悲しみによって一体となることへの憧憬だったのだろうか。

 私は彼女の「悲しい歌が好き」という言葉から、歌手・ちあきなおみの運命の旋律が聴こえてくるように、ふと思えたのである。そして、彼女を信じたのだと思う。

 あの、悲しみを慰めて眠らせるような歌声は、彼女自身が悲しみに触れ、抱きしめ、背負っていなければ、人の心には到底届かない。ちあきなおみの歌は、普通の歌手が歌えば、感情が勝ちすぎるか、臭すぎてしまい、ただの夢物語に終わってしまう。だが、その歌がちあきなおみの躰から発せられると、説き伏せられるような迫力をもって心に刺さってくるのだ。その理由は、彼女自身の内に秘めた影や想いが、歌と重なり合い血を通わせているからであることを、私は後になって理解した。

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