「勝つことと楽しさを追求すること、その狭間で揺れている」 そんな“ジレンマ”を超越するサーファー・石川拳大の「新しい挑戦」とは(小林信也)

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“漆ボード”の乗り心地

 石川の隣りには濃い飴色のボードがあった。何層にも塗り重ねた漆が飴色の正体だ。石川が言う。

「天然木のアライアに天然の漆。いずれ全てが土に還る天然素材のみで作ったサーフボード。これなら、私たちサーファーのジレンマが無くなります」

 さらに、もうひとつの手掛かりがアライアにあった。

「私自身も競技会で勝つことと楽しさを追求すること、ふたつの狭間で揺れています。五輪に出たい、勝ちたい、それ以上にいい波に乗りたい、本来の楽しさを追求したい。私にとってアライアの追求は、そのジレンマを超越できる挑戦です」

 漆を塗ったアライアの乗り心地はどうだったのか?

「難しい! 浮力がないので、波を越えて沖に出るのがまず大変。ポイントに着いて波を待つのもひと苦労です。顔まで海水の中に沈みますから、実際かなり苦しいです」

 近代的なサーフボードなら、苦労せずに浮いていられるから乗るまでに余計な体力・気力を使う必要がない。アライアは違う。だが、いざ波に乗ってみると、

「速い! すごくスピードが出るので驚きました」

 通常のボードはグラスファイバー製。漆を塗ったアライアの速さは質が違った。堤が教えてくれた。

「漆には親水性があるんです。水をはじくのでなく、水と一体化するからスピードが出るのだと思います」

 調和が生む新しい浮遊感。

「アライアは難しいですが、一度乗ると、特別な楽しさがあって忘れられません」

 今年、石川はショートボードからロングボードへの転向を決めた。

「2028年のロス五輪では、ロングボードの採用も検討されています。ロングボードは、古き良き時代のスタイルというか、アライアに近い感覚だと思います」

 1970年代、取材で行ったハワイ・ノースショアで伝説の映画「ビッグ・ウェンズデー」を見た。嵐の中、伝説の大波に挑む勇敢なサーファーの物語。あの主人公が乗っていたのはロングボードだった。

小林信也(こばやしのぶや)
スポーツライター。1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。「ナンバー」編集部等を経て独立。『高校野球が危ない!』『長嶋茂雄 永遠伝説』など著書多数。

週刊新潮 2024年6月6日号掲載

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