「足立区首なし女性殺害事件」犯人の「シロ」を強く主張した共同通信記者と口論に 「偏向」しているのは誰か

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波紋を呼んだ共同通信記事

 静岡県知事選に絡んでの上川陽子外務大臣の発言が二重の意味で「問題」化した。

 まず発言そのものを問題視する人たちがいた。「この方を私たち女性がうまずして何が女性でしょうか」という上川発言は、「うまない女性への偏見がある」という主張である。

 一方で、これを最初に報じた共同通信、さらには追随して騒動を大きくしたメディアを問題視する人もいた。「女性の力で新たな知事を生みだそう」というだけの話をなぜそんなに大事と捉えるのかという意見である。共同通信が報じる際に「産む」と表記していたこと(のちに修正)、そもそも発言を意図的に切り取っていたことなどから、偏向報道だと受け止めた人も少なくない。

 メディアの偏向という話題では、朝日新聞と産経新聞、あるいはテレビ朝日やTBSが取り上げられることが多いのだが、共同通信など通信社の問題点を指摘する声は以前からあった。通信社の配信記事は特に出典が明記されないまま地方紙に掲載されることも珍しくない。

 元産経新聞記者の三枝玄太郎氏は、若い頃、静岡支局で共同通信の記者と口論になったエピソードを著書『メディアはなぜ左傾化するのか 産経記者受難記』の中で披露している。

 ある犯罪者の「冤罪」を強く信じる共同通信の記者から、産経新聞の「偏向ぶり」を非難されたというのだが――(以下、同書をもとに再構成しました)

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殺人鬼の無罪を信じた共同通信の記者に驚いた

 1992年のある日、産経新聞の社会面に掲載された一つのベタ記事を巡って、静岡にいる2年生記者同士で論争になった。首都圏連続女性殺人事件の容疑者として逮捕されたが、その後、無罪が確定し、自由の身になっていた小野悦男という男が、事務所荒らしをして、住居侵入、窃盗などの容疑で警察に逮捕された、という記事だった。掲載したのは産経新聞1紙だけだった。

「産経は偏向しているよ」

 共同通信の同期のA記者が口火を切った。

「なぜ?」

 と返すと、猛然と彼は産経の「偏向ぶり」を非難し始めた。

 印象がほとんどなく、彼の実際の名前を覚えていない。覚えているのは、「産経」を妙に敵視していると感じられるフシがあったことだけだ。A記者はこう言った。

「これは何かの間違いだよ。小野さんに限って、こんな事務所荒らしなんかするわけがない」

 しかし、小野被告は東京高裁で無罪になった際も、一部の強姦事件と窃盗事件は有罪になっている。殺人と死体遺棄などの主要部分が無罪になっただけだ。刑務所を行ったり来たりする人生を送っている人物を「懲役太郎」ということがあるが、小野被告はまさに懲役太郎だった。

 そういう趣旨を説明するのだが、「いや、共同通信では小野さんに来てもらって、捜査の実態などを語ってもらったこともあるんだ。小野さんがこんなことをするはずがない」と譲らない。

「じゃあ、産経の誤報だとでも?」といささか気色(けしき)ばんで反論すると、「いや、誤報だとは言わない。だが、警察が間違っているかもしれないじゃないか」と言った。

 しまいには「冤罪の被害者の出所した後の行状を記事にする必要があるのだろうか」と言い出した。僕は呆れたけれども、他社の記者もA記者と同じ感想を持ったのかもしれない。そうでなければ、「冤罪のヒーローが事務所荒らし」というネタを記事にせずに見送るなどということがあるはずがないからだ。

それは「でっちあげ」なのか

 小野被告とは、ちょっとした因縁がある。

 僕は学生時代から冤罪事件に興味を持っていたのだが、そこまでのめり込む前に最初に読んだ「実録モノ」が、小野被告が1979年に記した『でっちあげ 首都圏連続女性殺人事件』(社会評論社)という本だった。自身が「でっちあげ」の被害者であると訴える内容である。

 共同通信記者で後に同志社大教授に転じた浅野健一氏は中島俊というペンネームで『でっちあげ』に寄稿し、「その人柄に接し、小野さんが殺人をやるような人ではないと確信を持つに至った」と記している。ほかにも8人を殺害、計370人以上を負傷させた三菱重工爆破事件を起こした東アジア反日武装戦線のメンバー、果ては連続ピストル魔の永山則夫が応援メッセージを寄せているなど、なかなかに香ばしい。

 僕はこの本を読んだとき、逮捕当時の報道の激烈さには顔をしかめたが、冤罪かどうかは疑わしいと思っていた。なぜなら彼の供述通りに被害者の傘などが見つかっていたからだ。本では、それを「警察が仕掛けたものだ」という。しかし、物的証拠が見つかっているのに、「警察が仕掛けたものだ」と安易に推測してしまうのはどうなんだろうか、と思った。

 小野被告は1991年に二審の東京高裁によって一審無期懲役判決が翻され、無罪が確定したのだが、その後、東京都足立区の都営住宅の1階に住んでいた。「偏向」した産経新聞が報じた住居侵入、窃盗事件はこの翌年の出来事である。

首なし遺体と小野悦男

 そして1996年1月9日、東京都足立区東六月町の駐車場で女性のものとみられる首のない遺体が発見された。当時、僕はもう静岡を離れ、東京で警視庁生活安全部担当をしていた。捜査1課を担当していたのが、大学の1期下のOくんだった。

 3月頃だったと思う。ある夜、彼がベロベロに酔っぱらって警視庁記者クラブのボックスに戻ってきた。彼は僕が冤罪事件に詳しいことを知っていた。学生時代から彼には折に触れて話していたからだ。

「冤罪オタクの三枝くんに質問です」

 真っ赤な顔で体をフラフラさせながら、彼は僕に訊いた。

「首都圏連続殺人事件で無罪判決を勝ち取った小野悦男の血液型は何型ですか?」

「O型だよ」

 と答えると、Oくんはニヤリと笑って、

「さすがオタクは伊達じゃないな。実はさ、足立区の駐車場の首なし死体の現場に落ちていた布団と軍手からO型の血液型反応の汗が出ているんだよ」と言った。

「なるほどね。で、小野が犯人ってわけか」

「まだあるんだ。半径500メートルの住宅地を警視庁は、どこの家が何の新聞をとっていたか、調べ尽くしたそうだよ。1軒だけが朝日と赤旗の2紙をとっていた」

 Oくんから遺体を焼いた現場で新聞紙が見つかっていて、犯人がそれに火をつけた可能性が高いことは聞いていた。それが朝日新聞と赤旗だったとは知らなかった。

「まさか、その1軒が小野悦男だとか言わないよな」

「そのまさかなんだな」

 とOくんは実に嬉しそうに続けた。

 それから数週間、僕は自分の担当事件でもないのに、気が気でなくなってしまった。警視庁は「冤罪のヒーロー」を追いつめることができるのだろうか。それに産経以外、この事実に気づいている社はあるのだろうか。

捜査員の尾行を振り切り

 ところが4月26日、逮捕劇は意図せずに実現した。警視庁捜査1課は小野を容疑者としてマークし、24時間の監視態勢をとっていた。小野は知ってか知らずか、道行く女性に声をかけたり、自転車で追いかけたりしていたのだという。

 ところが、あろうことか、捜査員の尾行を振り切り、姿を消してしまった。その際に5歳の女の子に暴行を加えた上で首を絞め、一時は意識不明の重体にさせる事件を起こしたのだ。女の子は倒れて人事不省になっていたところを捜査員が発見したと聞いた。女の子は一命をとりとめた。

 小野は警視庁に逮捕された。その際、当時の寺尾正大捜査1課長(オウム真理教事件の捜査を指揮した警視庁の名物捜査1課長)のレクチャーの様子を録音したテープを当時、Oくんとは別の捜査1課担当記者から聞かせてもらったことがある。

 寺尾捜査1課長は厳かな声で「殺人未遂被疑事件の容疑者の逮捕を公表させていただきます。被疑者、東京都足立区東六月町、土木作業員、小野悦男」と一気に言うと、「繰り返します。小野悦男」とわざわざ反復した。

 誰かが「エーッ」と叫んだのを機に椅子がガラガラと音を立て、駆け出す音が聞こえてきた。警視庁にとっては、変則的な形にはなったが、念願の逮捕劇だった。江戸の敵(かたき)を長崎で討つ、とでも言うべきか。

 小野容疑者は本件の殺人、死体遺棄容疑で再逮捕された。容疑者が逮捕された後で被害者の身元が確認された。

 自分の夜回り取材が終わった後の未明に、静岡にいたころに仲が良かったNHKの記者を誘って、小野が住んでいた都営住宅を見に行った。階段前にリヤカーが置いてあった。彼が「まさか、これで首なし遺体を現場まで運んだとか、ないやろな」と言った。

「血がついていたりしたら怖いな。暗いから見えないだろうけど」と返した。

 が、裁判で、小野がこのリヤカーを使って遺体を現場まで運び出していたことが明らかにされた。首は都営住宅の自分が住む部屋の目の前にある花壇に埋めていた。被害者の下半身の一部は冷蔵庫にラップで丁寧に包んで入れてあったという。

 今度こそ、小野は言い逃れができなかった。1999年、小野に下された無期懲役判決が確定した。彼は今も服役中である。

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 三枝氏は同書の中で、メディアの中には、「自分たちのイデオロギーの邪魔になるものは、極力、国民に触れさせない」という意思を持っているものがいるのではないか、右だろうが左だろうが、事実の前には謙虚になるべきではないだろうか、と指摘している。左右にかかわらず、肝に銘じる必要があるだろう。

三枝玄太郎(さいぐさげんたろう)
1967(昭和42)年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。1991年、産経新聞社入社。警視庁、国税庁、国土交通省などを担当。2019年に退職し、フリーライターに。著書に『三度のメシより事件が好きな元新聞記者が教える 事件報道の裏側』『十九歳の無念 須藤正和さんリンチ殺人事件』など。

デイリー新潮編集部

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