台湾危機に備えて、今すぐ日本が採るべき「四つの方策」とは――国際政治学者が考えた「納得の提言」

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 台湾の新しい総統に民進党の頼清徳氏が就任した。就任演説では、台湾と中国は互いに隷属しないと述べ、「台湾は中国の一部だ」とする中国の主張を否定した。

 中国は当然のように反発している。習近平国家主席が、武力による統一も放棄しないという強硬な姿勢をよりエスカレートさせる懸念も出そうだが、果たして「台湾有事」は起こるのか。

 JICA(国際協力機構)特別顧問で、国連での外交実務経験もある国際政治学者の北岡伸一氏は、数度にわたり台湾を訪問し、李登輝元総統(在任1988~2000年)とも親しく語り合った。氏は新著『覇権なき時代の世界地図』(新潮選書)の中で、台湾問題への対処について述べている。(以下、同書をもとに再構成)

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 最近、日本が台湾問題に巻き込まれることに対する危惧が高まっている。中国はがんらい軍事的には慎重な国である。簡単に勝てることが確実でない限り、ことを起こさないだろう。その意味で、台湾に対する武力行使は極めて難しいと思わせることが安全への道である。

1.反撃力を含めた防衛力の整備

 まず必要なのは、日本が反撃力を含めた防衛力を整備することである。従来、日本の防衛はミサイル防衛を中心とすることが多かった。私はこれには懐疑的である。精度が疑問でありコストが高すぎるからである。

 また、私は敵基地攻撃能力という言葉にも反対である。現在の技術力では、攻撃される前に敵基地を叩くことは不可能である。また、もし攻撃された場合には、反撃の標的は敵基地に限る必要はないから、先制攻撃は一切しないということを宣言した上で、反撃力を整備すべきだと考える。

 反撃力というと、これは先制攻撃にも使われうるという批判をする人があるが、日本の方から核大国の中国(あるいは核保有国の北朝鮮)に戦争を仕掛けることなどあり得ない。日本の防衛力は、あくまで抑止力としての意味しか持たないのである。

 中国の巨大な軍事力に対しては、たとえば空母に対して空母を建設したりするのではなく、潜水艦で対抗すべきだ。また、アメリカの高価な武器を言い値で買うようなことは避けるべきだ。その他、コストとベネフィットを計算して、現実的で持続可能な反撃力を整備してほしいと思う。

2.日米同盟の強化

 第二に必要なのは、日米同盟の強化である。2015年の平和安全法制で、集団的自衛権の行使が一部可能となった。以後、日米の情報の共有などは一段と進んだ。その頃、世論の反対は厳しかったし、今でも共産党はもちろん、立憲民主党などもこれを憲法違反だと言っている。しかし、平和安全法制なしに、アメリカと緊密な協力関係を進めることは、不可能である。そして、世論も平和安全法制支持者の方が増えている。

 それでも、まだまだ日米連携は不十分である。さらにアメリカとの具体的な協議を深化させなければならない。緊密な日米協議は日本がリードするくらいの気持ちでやったほうがよい。

 私は東大で教えていたとき、試験が近づくと、時々、「君たち、試験で良い成績を取る方法を教えよう」と言っていたことがある。私の講義はみな静かに聞いているのだが、この瞬間は針が落ちてもわかるほど、静かになる。そこで、「ヤマをかけなさい」と言う。学生はけげんな顔をする。

 そこで、「それも1つや2つではいけない、10か15くらいかけなさい」と言う。みんな、「なーんだ」という顔をするが、私は続けて、「教師が強い関心を持っているテーマは、10か15くらいだから、それくらい考えればたいてい当たる。漫然と復習をするのではなく、そのように前向きに準備をしておくことが大切だ」と言った。

 中国と台湾の危機は、直接侵攻、離島侵攻、太平島侵攻、経済封鎖など、いろいろありうる。それぞれにシナリオを考えて準備するのである。

3.東南アジアなど近隣諸国との連帯強化

 第三に、注意したいのは、日本とアメリカの利害はほぼ一致しているとしても、完全に一致しているわけではないということだ。万一、米中衝突が起こっても、アメリカは遠く離れた軍事超大国なので、やっていける。しかし、日本はそうではない。そこで同様の立場を取る国々、たとえば東南アジアの国々との連帯を深めることだ。アメリカも中国との関係を断絶するというわけではない。最近では、米中貿易はむしろ増えている。

4.無用な挑発を避ける

 第四に、中国を挑発することは避けるべきだ。高坂正堯先生も言われたとおり、中国との衝突の回避は極めて重要である。ウイグルなどへの中国の人権弾圧には抗議して対処を求め、尖閣諸島でも南シナ海でも日本の主張について譲歩はしないが、無用の挑発はなるべく避けるべきだ。

※本記事は、北岡伸一『覇権なき時代の世界地図』(新潮選書)に基づいて作成したものです。

北岡伸一(きたおか・しんいち)
1948年、奈良県生まれ。東京大学名誉教授。国際協力機構(JICA)特別顧問。東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。立教大学教授、東京大学教授、国連大使(国連代表部次席代表)、国際大学学長、JICA理事長等を歴任。2011年、紫綬褒章受章。著書に『清沢洌 日米関係への洞察』(サントリー学芸賞受賞)、『日米関係のリアリズム』(読売論壇賞受賞)、『自民党 政権党の38年』(吉野作造賞受賞)、『国連の政治力学 日本はどこにいるのか』『外交的思考』『世界地図を読み直す 協力と均衡の地政学』『明治維新の意味』など。

デイリー新潮編集部

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