「台湾は中国の一部」という主張に、どう反論すればよいか――国際政治学者が考えた「模範解答」
台湾の新しい総統に民進党の頼清徳氏が就任した。就任演説では、対中国関係について現状維持を強調しながらも、台湾と中国は互いに隷属しないと述べ、「台湾は中国の一部だ」とする中国の主張を否定した。
JICA(国際協力機構)特別顧問で、国連での外交実務経験もある国際政治学者の北岡伸一氏は、数度にわたり台湾を訪問し、李登輝元総統(在任1988~2000年)とも親しく語り合った。
氏は新著『覇権なき時代の世界地図』(新潮選書)の中で、「台湾は中国の一部」というような主張は、「決して自明ではない」と説く。(以下、同書をもとに再構成)
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台湾と日本との関係が、今、大いに注目を浴びている。ここでもう一度、日本にとっての台湾の重要性について考えておきたい。
まず、台湾は、法的にはともかく、政治学的には一個の国家である。何よりも、2400万人もの人が自分たちで選んだ政府によって統治され、繁栄しているという事実である。これを、他国が強制して、自国の中に取り込もうとすることは、許されるべきではない。
第2次世界大戦後、国連憲章などで、国際紛争解決のために軍事力を行使しない、また威嚇も行なわないという原則が定められた。これは人類史上に輝く達成だと私は思っている。それは、日本の過去への反省を込め、長く守るべき原則である。中国は、台湾問題は国内問題だと言うが、国内問題であっても、こういう力の行使も威嚇も許されるべきではない。台湾が中国の一部となるとすれば、それは台湾の人びとが自発的に選択する場合のみである。
この点で、中国の最近の香港政策は失敗だった。「一国二制度」は、がんらい台湾を引き寄せるための政策だったはずだ。香港の自由が奪われるのを見て、台湾は、「一国二制度」は決して信頼できないと思ったに違いない。
大陸中国が台湾を統治したのは、それほど長い期間ではない。さらに付け加えると、同じドイツ語を話していても、ドイツとオーストリアは別の国である。スイスの一部もドイツ語地域である。ドイツの各州が統一してドイツとなったのは1870年代のことであって、まだ150年前のことである。各邦のうち、バイエルンのようにカトリックの州もある。
それに、もし中国語を話すから同じ中国人だ、というのであれば、ウイグルやチベットや内モンゴルなど、中国語を母語としない民族は中国から離脱してもよいことになる。いずれにせよ、台湾が中国の一部であるというのは、中華人民共和国が強調するほど自明のことではないのである。
ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官の、“中華人民共和国でも中華民国でも中国は一つと言っているから、中国は一つ”というのは、アクロバティックな議論であるが、もはや実態に即していない。
台湾で有名な世論調査に、自分のアイデンティティを問うものがある。自分は台湾人だと思うもの、中国人だと思うもの、そして両方だと思うもの、を尋ねるのである。1992年から2020年まで、中国人アイデンティティは25.5%から2.4%へと減少しており、台湾人アイデンティティは、17.6%から67.0%へと上昇している。両方と答えた人は、46.4%から27.5%へと減少している(若林正丈「『台湾のあり方』を見つめ続けてきた世論調査─台湾・政治大学選挙研究センター『台湾民衆重要政治態度』─」、『交流』2020年8月号)。
日本にとっての台湾の重要性は、以上のような思想的・原理的なものだけではない。
もし台湾が中華人民共和国の一部になれば、自由な体制を前提とした台湾の経済はその輝きを無くし、日本との強い結びつきも失われて、日本は重要な経済的パートナーを失うことになる。
また、台湾の魅力は、そののどかな日常にある。朝夕の屋台、夕食後のマッサージなど、いつも楽しんだものである。関羽廟や媽祖(まそ)などの信仰も、にぎやかで楽しい。あのようなのんびりした文化が共産党独裁の中に押しつぶされていくだろう。
さらに重要なことは、中華人民共和国による台湾の軍事基地化である。台湾の東岸は深い海につながっており、潜水艦の絶好の基地となりうる。それは、日本のシーレーンの安全にとって、大きな脅威となる。中国は、従順な国には普通の貿易をするが、そうでない国には圧力を加える。シーレーンも無事ではいられない。その結果、日本は中国の顔色をうかがいながら生きるようにならざるを得ないだろう。
※本記事は、北岡伸一『覇権なき時代の世界地図』(新潮選書)に基づいて作成したものです。