ChatGPTがなんでもしてくれる時代に「人間に求められる能力」とは? ヒントは「1+1=2」しか言えないAIにはできないこと(古市憲寿)

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 ある人から出版社を紹介してほしいと言われたことがある。留学中にその国の教育制度をまとめたレポートがあり、一冊の本にしたいのだという。本人には伝えなかったが、そのつまらなさは強烈だった。ただ情報が列挙してあるだけなのだ。

 もしかして30年前だったら需要があったのかもしれない。インターネット普及前、入手しにくい海外事情は、ただそれだけで価値があった。昔は、せっせと海外の文献を要約しただけの文章(一応、感想めいたものを少しつける)を、本や論文として出版していた研究者もいたほどだ(もしや今も生き残っているのかもしれない)。

 だが時代は完全に変わった。海外の教育制度について知りたいなら、本を読む以外にいくらでも方法がある。ChatGPTあたりに質問をして全体像をつかんでもいいし、グーグルスカラーで論文を探すのでもいい。外国語論文も自動翻訳を使えば、ほとんど問題のないレベルで読める場合が多い。DeepL翻訳などはPDFファイルごと翻訳してくれるので、読むストレスもかからない。

「調べる」「まとめる」というのはAIの得意技だ。もっぱらネット上の情報に限られるが、一般人の検索能力や資料作成能力はとっくに超えている。

 今年の3月、スペインのセビーリャに行った時のこと。カルトゥハ島のテレビ局RTVAの前に行列ができていた。ChatGPTに聞いてみると、RTVAが聖週間に関する手引き書の配布を行っているのではないかと教えてくれた。Googleの自動翻訳を使って、実際に並んでいた人に聞いても、同じ答えが返ってきた。

 もはや調べてまとめるだけの本や論文は必要ない。最新情報をより的確に反映した形でAIが提供してくれる。質問の仕方やファクトチェックに多少のコツはあるが、それほど難しいものではない。ではこれからの時代、人間は何を書くべきなのか。

 例えば、感情や個人的な体験を通じて得られる洞察や、文化や社会に対する深い理解を反映した内容が求められるだろう。

 ここで問題。以上の文章はある箇所までは僕が書き、ある箇所からはChatGPTの指示に従ったものだ。どこからか分かるだろうか。答えは最後の「例えば」からの一文。別に間違ってはいないが、面白くもない。まさに冒頭で紹介したレポートのような内容だ。

 指示を増やしていけばウィットに富んだ文章作成もできるが、その時間があるなら自分で書いた方が速い。中森明夫さんは、ある知識人を「1+1=2を言っているだけの人」と揶揄していた。誰もが知っている当たり前のこと、それゆえ正しいことをひたすら主張しているだけだというのだ。AIもそれに近い。もちろん「1+1=2」なのだが、強引に答えを「300」にするレトリックもあり得るだろう。つまりAI時代には、人間は間違ったことを主張する能力が求められるのである(その意味で、この結論は正しそうな気がする)。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2024年6月6日号掲載

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