性暴力被害で心の傷を負った妻を救うつもりが… 44歳夫はメンタルクリニックで不倫相手と出会って「価値観がいきなりぶっ壊れた」

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少しずつ「家庭らしい」家庭が…

 結婚して4年たったころ、美緒さんが突然言った。「セックスしてもいいよ」と。彼女の体はこわばっていたし何の手応えもなかったが、それでも「ひとつになれてうれしかった。でもそれは僕のエゴでしかなかった」と彼はうっすら目を潤ませた。あげく、この1回で彼女が妊娠した。

「ただ、子どもの存在は美緒を変えました。生来の生真面目さが戻ったかのように、彼女はがんばっていた。小さい命を守ろうねとふたりでお互いを励まし合い、近所に住む育児経験者の女性たちも協力してくれた。僕と結婚して社会に出なくなった美緒ですが、子どもを通じて“社会”が戻ってきたみたいでした。そうなると、あとはがんばりすぎないよう見守っていればいいだけだと僕は思ったんですが」

 息子が3歳になったころ、帰宅すると美緒さんがいなかった。テーブルの上には菓子パンが袋のまま置いてあり、息子は床に倒れていた。

「高熱を出していました。あわてて救急車を呼んで連れていったら、熱中症気味になっていた。梅雨の時期で湿度が高い室内に放置されたためにそうなったみたい。点滴を受けて、翌朝には元気になりました。その間、美緒の携帯を鳴らし続けたけど出なかった」

 仕事を休み、息子を家に連れて帰ると、美緒さんがいた。どういうことなんだ、息子を殺すつもりかとさすがに傑さんも声を荒らげた。美緒さんは「ごめんなさい」と涙を見せた。反省して涙を見せたのは初めてのことだった。妻は、重圧に耐えかねてポンッとどこかに逃げたくなったんでしょうね、その気持ちはわかるからそれ以上は怒らなかったと傑さんは言った。

 それからも似たようなことを繰り返しつつ、だが少しずつ「家庭らしい」家庭ができあがっていったと傑さんは言う。

息子が小学校に入学した昨春、「ここまできたか」と彼は体中の力が抜けるくらいホッとした。

「息子を死なせずにここまできた、という感じですね。入学式のあと、美緒がすっきりした笑顔を見せて『なんだか私、過去を捨てられそうな気がする』と言ったんです。きれいな青空のもとでそう言った美緒は、とてもきれいだった。『僕にできることは何でもするから』と言ったら、『あなたはいつも私を助けてくれた』と。報われたと思いました」

突然「やる気」を失い、通い始めたクリニックで

 だからといって美緒さんが急に「ちゃんとした妻」になったわけではない。相変わらず夕飯はめったに作らなかったし、家事もほとんど傑さん任せ。それでも飲みに行くことはほとんどなくなり、息子とべったりしながら楽しそうにやっていた。

「放っておくときと過干渉のときの差が激しくて、このままだと息子に悪影響が出そうだなと心配はしていました。それでも以前よりはずっといい。そう思ったとき、なんだか僕の精神がおかしくなっていったんですよ」

 がんばってきて一安心したときこそ、鬱になりやすいというのはよく知られている。彼もある日突然、すべての「やる気」を失った。自覚があったから、すぐに勤務先近くのメンタルクリニックに走った。

「何度か通っているうちに、いつも似たような時間に顔を合わせる別の女性患者さんと出会って……。でも患者同士で話したりはしないから、いつも会釈するだけでした」

 夏のある日、近くの公園でひとりランチをとろうとベンチに座っていると、「隣に座っていいですか」という女性の声がした。見上げると、例の女性が立っている。

「そこからときどき、そうやってランチデートするようになりました。彼女は過労でパニック障害を患った過去があり、最近、また不安定なのであのクリニックに通っているんだそうです。僕もがんばりすぎたと思うと言って、ふたりで顔を見合わせました。同病相憐れむという感じでもなかったですね。ふんわりと心がつながる感じが気持ちよかった」

 彼女は利香子さんといって、38歳だった。教育熱心な家庭に育ち、ストレートで有名国立大学を卒業して超有名企業に就職した。そこでもめきめき頭角を現したものの、33歳のときに過労からパニック障害になった。仕事を休みたくなかったが、体が言うことをきかなくなって休職せざるを得なかった。

「休職したら会社は急に冷たくなった、と。それで結局、退職するしかなかったそうです。それまで全力で走り続けてきた人生で、初めて味わう挫折だった、と。過干渉で娘に期待していた母からは、『今までの努力が水の泡。あなたにいくらかけたと思ってるの?』と言われて、とうとう母を突き飛ばして家出。小さなアパートで貯金を切り崩しながらの生活を経て、ようやく社会復帰したんだと彼女は笑っていました。無理をせず、自分が楽しいと思う暮らしをしたいと。長い間、苦しんできてようやく今、自分自身を生きている気がすると言うんです。その言葉が僕の胸に刺さりました」

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