妻が口にした何気ない一言に、かつて抱いた“殺意”が蘇った…44歳夫の告白 「僕はずっと普通に生きてきたと言ってきたけど、本当はそうじゃなかった」

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身を守るための手段として…

 彼が無理矢理封じ込めていたのは、父に殴られていたころと、祖父が母を打ったころの記憶だ。その後の母の恋愛については、たいして気にもしていなかったし、父がいなくなった理由も深追いしようとは思っていなかった。

「でも何か危機感があったんでしょうか。中学のころは近所の空手道場に通うようになりました。暴力は嫌だし自分は絶対加担したくもない。だけど身を守るために、あるいは暴力をふるわれないために力をつけておきたい。そんな思いがあったのかもしれない。道場の先生が非常に人格者だったんです。僕はその先生に育てられた気がします」

 今も「僕は暴力が怖いし、メンタルは豆腐です」と傑さんは笑う。空手は「強くなるため」ではなく、結果的に「いい人になるため」に続けているらしい。彼にとって大事なのは、やさしい、いい人であることなのだ。

 美緒さんの話を聞いたとき、襲ってきた「殺意」は祖父に向けられたのか、父なのか。いずれにしても殺意と同時に沸いてきたのは恐怖だった。生きるのを怖がっている美緒さんとだからこそ、手を取り合って一緒に歩いていきたかった。彼女の手の力が弱いときは自分が抱きかかえてもいいと思っていた。彼は必死で美緒さんを口説き、34歳のときに結婚した。知り合ってから4年の歳月が流れていた。キスひとつしたことのないままの結婚だった。

後編【性暴力被害で心の傷を負った妻を救うつもりが… 44歳夫はメンタルクリニックで不倫相手と出会って「価値観がいきなりぶっ壊れた」】へつづく

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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