他人にとってはどうでもいい“家族の日常”がただ流れる 新機軸のファミリードラマ「おいハンサム!!」に共感が止まらない

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 川沿いに住んでいる。買い物に出て、川沿いではなく最短距離を行こうとしたら見事に迷った。近道のはずが結果遠回りに。ほうほうの体で帰宅し、どっと疲れて何かを煮たいと思った。コトコト煮込みたい。じっと鍋を見つめて、今日の失態を忘れ、無の境地に達したい。そんなさまつな日常茶飯事について、膝を打つほどの共感を得られるドラマがある。一昨年のシーズン1も好きで原稿に書いたが、まさかのシーズン2が放送、さらには映画化という暴挙(いや、快挙)。吉田鋼太郎主演「おいハンサム!!」だ。

 他人にとってはどうでもいい、ありとあらゆる日常の個人的見解や主張を、主に伊藤一家5人で体現する、新機軸ファミリードラマである。映画にするほどの内容かと問われたら、「人による」と答える。伊藤家の行く末を定期的かつ半永久的に見つめていきたい私としては、映画化よりも昼ドラ化してほしいと思ったりもする。でも「男はつらいよ」のように定期シリーズ化するなら、それはそれで乙だ。

 仕事は順調だが人生迷走中の長女(木南晴夏)、離婚後に模索中の次女(佐久間由衣)、残念な彼氏(須藤蓮)との先行き不安で煩悶中の三女(武田玲奈)。この3姉妹が頻繁に実家に戻っては、ハンサムな顔でまとめて名言を吐こうとする父(鋼太郎)と、日常を淡々と維持する鷹揚な母(MEGUMI)に支えられたり突き放されたりする。このドラマの主菜は3姉妹の恋と仕事、それを支える“食”生観だ。グルメとか三つ星店とか、そんな話ではない。パンは8枚切りがいいとか、たい焼きの半分こは難しいとか、カレーには生卵だと味がボケるからゆで卵派とか、いつ誰と何をどう食べるかなど、日常茶飯事に見え隠れする小さな屁理屈と幸せの法則を探求していく。

 レギュラー陣も副菜としていい味を出す。長女の元彼で無駄にグルメな浜野謙太、浜野に好意を寄せられているが、冷静に分析する太田莉菜、次女の上司で深夜ドラマ的なノリが抜群のふせえりなど、盤石の布陣。

 厄介で奇天烈だが、毎回登場すると失笑しちゃうのがカタカナ名前のふたりの女。伊藤家の近所に住むミチル(藤田朋子)がマシンガントークでぶつけてくる陰謀論や被害妄想、夢物語にはある意味傾聴する価値がある。MEGUMIが能面ヅラでいなすのも込みでおかしい。また、三女の会社の先輩・シイナ(野波麻帆)は今期も安定の大暴走。愛用のノーズシャドウが生産終了と聞いて大騒ぎしたり、加齢の憂いと現実を語って脅しをかけたり。シイナが呟く一言の破壊力たるや。ついでにその夫で社長(山中聡)の合いの手も絶妙。

 次女がなんとなく気になり始める相手には藤原竜也。適度な距離とけん制が映画版でどう描かれるかも楽しみ。

 全体的には人間の思い込みや決めつけを覆してくれるのだが、美談や教訓とは角度が違う。誰かに話すほどでもない愚論だが、心が晴れて軽くなる効用もある。

「鋼太郎指揮、名曲ではないが個性的な不協和音が結果的にまとまって面白い」というオーケストラのごとし。

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2024年6月6日号掲載

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