刑事に恋なんかしていなくても同じことになったと思うんですよ…国賠訴訟で明かされた西山美香さんを誘導した取調べ官の“テクニック”【湖東記念病院事件】

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「同じことになった」の真意

 逮捕時、西山さんは23歳だった。当時の心境について「誰も男の人が、私なんか相手してくれなかった。勉強とか駄目だったのもコンプレックスを持っていたけど、山本刑事に、『美香さんも賢いところあるで』とか言われて好きになってしまったんです。初恋の人だったんですよ」と筆者に明かしてくれた。

 自身への恋愛感情を利用した山本刑事は、本来は取り調べ室で立ち会うはずだった女性警察官を排除して、2人きりになれる時間を作っていた。

 西山さんは「再審無罪になったのだから謝罪はしてくれるんだろうと思っていたけど、それもなかった。そんな人に恋してしまったんだと思いました」と話した。

 この事件は「刑事に恋した」ことばかりが話題にされていたが、かつて筆者が取材した時、西山さんは「あとでゆっくり考えてみたら、恋なんかしてなくても同じことになったと思うんですよ」と話していた。その理由を訊くと「やっぱり、めっちゃくちゃに話の持っていき方がうまかった」と話していた。会見の場で改めてそれを問うと、「山本さんは私の特性(相手に迎合しやすいなどの性格)を見抜いていましたね」と答えた。

法廷で平気で偽証する

 5月30日は山本刑事の上司で捜査のまとめ役だった時田保徳刑事(退職) の証人尋問だった。捜査報告書を検察庁に送らなかったことについて「単なるメモと思っていたから」などとはぐらかし、その他の多くの質問には「記憶がない」とシラを切っていた。

 ノーベル賞物理学賞受賞者の中村修二氏の特許訴訟で代理人を務め「一票の格差」問題の啓蒙活動を行う米国の弁護士資格を持つ升永英俊弁護士が、かつて筆者に語ったことがある。

「米国では日本より嘘をつくことに厳しい。警察幹部だろうが政治家だろうが、法廷で偽証すればバンバン刑務所に入れられる。一方、日本は偽証罪が完全に形骸化している。このため、証言者たちは嘘をつきませんと法廷で宣誓をしても平気で偽証する。最も典型的なのが警察官なのです」

 山本刑事は西山さんの軽度の知的障害や自身に恋愛感情を持ったことを利用して「呼吸器のチューブを外した」とする嘘の自供調書を作ったが、すべて密室での取り調べだ。山本刑事は「被疑者以外、誰も見ていないから何を言っても構わない」と考えて法廷に臨んだのだろう。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に『サハリンに残されて』(三一書房)、『警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件』(ワック)、『検察に、殺される』(ベスト新書)、『ルポ 原発難民』(潮出版社)、『アスベスト禍』(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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