刑事に恋なんかしていなくても同じことになったと思うんですよ…国賠訴訟で明かされた西山美香さんを誘導した取調べ官の“テクニック”【湖東記念病院事件】

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取り調べを楽しみにしていた

 刑事の誘導によって西山さんは「呼吸器を外して患者を殺した」と“自白”した。かつて筆者に対し、その理由を「呼吸器のアラームが鳴っていたと認めると、山本刑事が急に優しくなった。誰も相手にしてくれなかった自分にとっては初恋だったんです」と語っていた。

 患者に装着されている呼吸器は、外れると事故防止のアラームが鳴る仕組みだった。ところが、滋賀県警の調べでは、病院内で誰一人、アラーム音を聞いていなかった。焦った捜査陣は西山さんに「アラームが鳴っていた」と言わせたのだ。

 西山さんの殺人を明確に否定した20年3月の再審判決では、有罪の根拠となった自白の信用性について「(呼吸器を外した患者が)目をぎょろぎょろさせ、苦しそうに口をハグハグさせた」などの表現を「患者は顔面神経が機能を失っておりありえない」などから否定していた。臨場感を増すために表現を誇張したことで、刑事は墓穴を掘ったのだ。

 判決はさらに供述の任意性について、呼吸器の管を外した過程などの供述が二転三転したことを疑問視し、「被告人の特性や恋愛感情に乗じて(中略)供述をコントロールして」などと否定している。

 当時の西山さんの供述書には「なんでこんな私のために一生懸命にしてくれるのだろう。本当にうれしい。こんな人は初めてや。私はどうしたらいいんでしょう」などと書かれている。取り調べのために愛知川(えちがわ)警察署(当時) に呼ばれるのを楽しみにしていたほどだった。

机を叩いた理由

 閉廷後の記者会見で西山さんは「山本さんに会うのは20年ぶりですが、自分と5歳くらいしか違わないけど、ずいぶん齢取ったなという印象でした。でも『老けましたね』と言うわけにもいかないし」と笑わせた。

 西山さんは質問に立った時、取り調べを再現して机をバンバンと叩き「こうやってしましたよね」と訴えた。

 このことについて会見で「和歌山刑務所での“獄友”の青木惠子さん(大阪市東住吉区の女児焼死事故の冤罪被害者)が、自分の裁判で怒って(法廷の原告席で)机を叩いたので、私も叩きました。そしたら力が入りすぎても、のすごい大きな音がした。自分でもびっくりしてしまって、言いたかったことを忘れてしまったんです」と振り返った。

 取り調べの際、山本刑事は甘いものが好きな西山さんにジュースやお菓子を買ってきたというが、法廷で山本刑事はそれを否定した。

 会見で西山さんは菓子の商品名を出して「口に着いたクリームを(山本刑事が)指でふいてくれました」などと具体的に話しており、信憑性があった。恋愛感情を持っていただけに、山本刑事がしてくれたことを詳細に覚えていたのだ。

 弁護士は「(山本)刑事は組織防衛に終始するだけ。刑事裁判での証言から後退している。こちらは有利になるとは思いますが、直接聞いていた西山さんはさぞつらかったと思う」と西山さんを思いやった。

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