「空港のトイレで“ブツ”を飲み込み、挿入して…」 20代女性が“コカインの運び屋”になった哀しい理由

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捜索すべき場所は<被疑者の身体>

 胃や腸などに隠匿しているブツを安全に取り出すには、令状が必要だ。

 捜索差押許可状に鑑定処分許可状(※死体の解剖をはじめ、内視鏡やレントゲンなど医療行為を行うときに必要)、場合によっては身体検査令状(※下着内の身体を検証するときなどに要する)も請求する。捜索すべき場所は<被疑者の身体>、差し押さえるべき物は<体腔内(※この場合は、消化器・排出器・生殖器等の諸臓器のことを指す)の異物>とした上で、次の条件も付す。

<レントゲン検査機又は下剤・吐剤等の使用により体腔内の検査、異物の採取については、医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせること>

 つまり、被疑者の身体への影響を考慮して、細心の注意を払わなければならないということだ。

 女を病院へ同行し医師の診断とレントゲンを受けさせたところ、胃と腸内に約4センチの異物が約12個あることが明らかとなった。

 そして、<薬剤によって排泄を促進させ、自然排泄する処置が望ましい。中身が漏れ出れば生命の危険がある。全て排泄するまで数日の入院が必要だ>との医師の診断に基づき、女を緊急入院させることとした。女もこれに同意したが、実は、ここからが女にとって最も辛い時間となる。詳細は省くが、女は排便のたび、異物を取り出して洗浄し、立ち会い中の女性取締官に提出しなければならない。提出を拒むと取締官が手袋をしてそれを確認することになる。

「惨めだよ、お腹も痛いし。こんなことしなきゃよかった」と女はその都度、うな垂れる。女性取締官は「大丈夫だから。もう少し頑張ろうね」と励ますが、彼女もまた辛い。交代があるといえ、半日以上は女と病室にいなければならないのだ。当然、我々男性陣も病室前で待機する。捜査班というより彼女の命を守ることを最優先とする医療チームにならざるを得ないのだ。

「彼が泣いて頼んできたから」

 約1日半をかけて女は排便し、<残余物なし>という医師の診断で退院が許された。嚥下していた異物はラップで繭のように包まれたコカイン12包、約60グラムだったと記憶している。

「現地の女から空港のトイレで手渡され、言われるままに包みをオイルに浸して1個ずつ飲み込んだ。コンドームのブツも自分で挿入した。約7時間のフライト中、胸やけはするし、お尻は気持ち悪いし、とても苦しかった」

 女は辛い経験を振り返った。密輸の動機については「彼が“ブツを運ばなければ組織に半殺しにされる。オレは税関に目をつけられていて動けない。助けてほしい”と泣いて頼んできたので、嫌だったけど致し方なく引き受けた。今回で2回目。前は下着の中と膣内に少し隠しただけ。報酬は1円ももらってない……」と悲しそうに供述した。

 その後、外国籍の男を逮捕するが否認に終始し、女を庇うどころか、ただの知り合いに過ぎないとまくし立てた。

 もうお分かりだろう。これが外国人密輸業者なのだ。自分達は絶対に手を汚さない。常に他人を騙して利用する。男のスマホには、別の日本人女性4人との交信記録が残っていた。いずれも甘い言葉を連発しながら渡航を促していた。

 女は男に騙され、命を懸けて薬物を運び、刑罰を受けなければならない。実に理不尽な話だ。たとえ、どのような事情があっても、ブツを飲み込んだり陰部に隠したりする必要はない(してはならない)。Drug Muleは必ず死に辿り着く。

瀬戸晴海(せと はるうみ)
元厚生労働省麻薬取締部部長。1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒。80年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを歴任し、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。18年3月に退官。現在は、国際麻薬情報フォーラムで薬物問題の調査研究に従事している。著書に『マトリ 厚生労働省麻薬取締官』、『スマホで薬物を買う子どもたち』(ともに新潮新書)、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』(講談社+α新書)など。

デイリー新潮編集部

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