国松警察庁長官狙撃事件 朝鮮人民軍のバッジと韓国の硬貨はなぜ現場に置かれたのか 中村泰受刑者の手記

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顔を隠すための道具

 謎の狙撃者は、いずこからともなく現われ、束の間に四発の銃声を残して、またいずこへともなく消え去った。この短い時間に彼の姿を見た者はごく僅かである。

 彼はいったい、いつ現場に現われたのだろうか。そこに十分も二十分も突っ立って、自分の姿を人目にさらすようなことは避けるだろう。では、現場に留っている時間を最短にするにはどうすればよいか。そのためには、ターゲットが姿を見せる直前に着くのがいいに決まっている。では、その時刻をどうして知るか。

 長官の出勤時間が毎日ほぼ同じだとしても、日によっては変わることもあるだろう。例えば、体調が不良だとか、あるいは、本庁から何かの理由で早急な登庁を求めるような電話が……そうだ! 電話だ。これが手がかりになる。

 送迎車は交通渋滞とか事故のために遅れることがないとはいえない。また、長官のほうでも、急に出発を早めなければならないという事情が生じるかもしれない。両者は確認のために必ず電話で連絡していなければならないはずだ。しかも、その移動通信は無線方式になる。これを盗聴していればいい。

 しかし、ゴルゴ自身が盗聴装置を背負い、アンテナを立てて行動したりするはずはない。これは支援車両の役目である。そして、この車こそ彼を現場近くまで運んできたものに違いない。なぜなら、それが最も効率的な方法だからである。車中での盗聴によって長官の出勤時間を確認したゴルゴは、その五分から十分前――この時間は下車地点と狙撃現場との地理関係による――に車を降りることになる。

 ところで、彼が乗っていた自転車だが、これは車に積んであったのではあるまい。路傍で車から降ろすのは人目に付きやすいし、余分な時間もかかる上に、ワンボックス・カーのような車種を選ばなければならないからである。

 アクロシティ(長官の住んでいた高級高層住宅の集合地域)には、居住者用の駐輪場が数多くある。その中から、ゴルゴが現場へ行く途上にあるものを選んで支援班があらかじめ置いていた自転車を、受け継ぐという手筈であったのだろう。それが、放置自転車のような全くアシのつかないものであったのは、もちろんである。目撃者は黒色の、いわゆるママチャリだったと言っている。全く目立たないありふれたものだったのだ。

 彼は自転車に乗っていても、傘は差していただろう。あるいは、片手で自転車を押しながら、もう一方の手に傘を持っていたかもしれない。どちらにしても、彼にとって傘は顔を隠すための道具なのだから、それを利用しなかったはずはない。

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