自分を「ゴルゴ13」と重ね合わせた? 国松警察庁長官狙撃事件“自白”の男が死亡、かつて月刊誌に寄せた衝撃の手記
パイソン・ハンター
さて、これから事件についての具体的記述を始めるに当たり、このスナイパーを、あの高名なゴルゴ13にあやかって、仮に「ゴルゴ」と名付けて話を進めることにする。
まず、彼の使用したモノ(道具)についての検討から始める。その第一は、最重要品目である銃器。これは、回収された銃弾の線条痕の鑑定結果から、右回転の腔線(銃身内部に刻まれた数本の溝)を持つ銃から発射されたことが判明している。この向きの回転はコルト社の銃の特徴である。
もっとも、世界にはコルト社の製品を模倣したものもある。八王子の三女性射殺事件*で使われたとされるフィリッピン製のスクッイヤーズ・ビンガムもその一例だが、もちろん、こんな三流の安物はゴルゴには全然ふさわしくない。一流メーカーのコルト社の銃を使ったことは間違いない。(*編集部注:スーパー「ナンペイ」事件)
長官公用車の運転手の証言によれば、非常に長い銃だったという。コルトの拳銃の中で最も長いのは、8インチの銃身を持つものである。それには「パイソン」、「アナコンダ」、「キングコブラ」などがあるが、この中ではパイソンの価格が最も高い。そのパイソンの中での最高級品が「ハンター」であり、これにはスコープ(照準眼鏡)が付いている。
では、精度はどうか。私は以前、このハンターと殆ど同型の8インチ銃身付きのパイソンの精度テストをしてみたことがある。銃を台上に据え、腰掛けて安定した姿勢で撃つのだが、25ヤード(23メートル)の距離に置いた標的を回収してみると、中心付近に最長20ミリほどのいびつな穴が一つ開いていた。つまり、次々に撃った六発の弾が僅かにずれながら命中して一つの大きな穴を作ったというわけだ。これは25メートル先の人間が人差し指と親指で作った輪を横に突き出していれば、銃弾がすべてその輪の中を通り抜けられるし、50メートル先のリンゴを撃ち砕けるくらいの精度である。これならゴルゴにはふさわしい。で、使用銃はコルト・パイソン・ハンターと決まった。
次は弾薬である。報道によれば、使用された銃弾はフェデラル社の357マグナム・ナイクラッド・ホローポイント弾だという。357マグナム弾は、日本の一般警官が使用している38口径スペシャル弾と弾の直径(9ミリ)は同じだが、火薬量が多く薬莢が少し長い。当然、それだけ強力である。
ナイクラッドとは、弾の外側を紺色に着色したナイロンの薄膜で覆ったものである。このため弾は黒ずんで見える。
ホロー・ポイントとは、弾の尖端部が凹んでいるものである。単に凹みというよりも、弾体の半分ほどの深さまで穴を開けたというほうが近い。人体に当れば、尖端が開くように潰れて茸状になり、傷を広げてダメージを大きくする。暗殺者が使うのには適している。
しかし、ここで、なぜナイクラッドなのかという疑問が生じる。ホロー・ポイント弾は、たいていの弾薬メーカーが製造している。ウィンチェスターでもレミントンでも、お隣りの韓国で造られているPMCブランドにもある。確かにフェデラル社の製品は良質だから、それを選んだというのは頷(うなず)ける。だが、同社製品にもナイロン・コーティングをしていないもののほうが多いし、そういう処理をしたからといって性能が良くなるわけでもない。単に有り合わせの物を使ったのだろうという説もある。はたしてそうだろうか。
私はアメリカの友人に、このナイクラッド弾を入手してくれるように頼んでみた。しかし、十軒以上の銃砲店を当たってみたが、どこにも置いてなかったという返事だった。つまり、本場のUSAでも希少な弾種なのである。それが、この日本国内で有り合わせる可能性はきわめて少ない。これは当初から意図的に選択されたものとみるべきであろう。だが、ゴルゴが「俺はこんな珍しい弾を使っているのだぞ」と誇示したかったわけではあるまい。
そこで、私が思い当たったのは「合い性」ということであった。銃と弾とには合い性がある。「GUN」のような専門誌には、各種の銃の精度の実射測定の結果が載っているが、それには必ず使用した弾種が記されている。レミントンのフル・メタル・ジャケットとかウィンチェスターのソフト・ポイントとかいう具合である。そして、同じ銃でも使う弾によってかなり精度が違う。Aという型の銃はBという弾種で最高の精度をマークするが、C銃にはむしろD弾のほうがいいというようなもので、これが合い性である。合い性はだいたい銃のモデル(型)ごとに決まっているが、厳密にいえば個々の銃によって多少異なることがある。とすれば、ゴルゴ愛用のパイソン・ハンターには、このナイクラッド弾が最適だったのだろう。ここは一応、そういう結論にしておく。
ところで、このナイクラッド弾の数は、弾倉に装填されていた六発だけだったろうか。そうとは思えない。予備弾の携行はコマンド(戦闘員)の原則なのだから、ゴルゴにしても最低でも弾倉一個分、六発の予備弾は持っていたに違いない。それもバラバラの状態ではなくて、クィック・ローダー(弾の詰め換えを迅速に行うための補助具)に挿入したものを、取り出しやすい位置にあるポケットに入れていただろう。
パイソン・ハンターは、コートの下に装着した大型のホールスター(拳銃サック)に収めていたと思う。その場合、付属のスコープは取り外しておく。想定射程が50メートル以下なら、あえてスコープを使うほどのことはないからだ。
ゴルゴ13は通常、狙撃銃のほかに、接近戦の際の護身用として、短銃身の回転式拳銃を携えていた。この種のものをバックアップ・ガンというが、ゴルゴもまた、扱いにくい長銃身の大型銃のほかに、コンパクトな拳銃をベルトに着けたヒップ・ホールスターに収めていただろう。
そのほかに彼が持っていたものとしては、支援班との連絡用無線機がある。その受信用のレシーバーは耳孔に差し込んでおくのが普通だ。このような器具については、先年のK巡査長の「自白」の中でも触れられていた。つまり、誰でも思い付くほどの常識的な装備なのである。
当日は雨が降っていた。当然、多くの人が傘を差していた。しかし、ゴルゴにとって傘は単に雨をしのぐこと以上の意味があったのだ。当時、彼と行き会った人間は何人かいたに違いない。だが、その素顔を間近に見た者は一人もいない。これは傘が覆面としての効用を発揮していたからとみてよい。
ゴルゴがスポーツバッグらしいものを持っていたのが目撃されている。彼は黒っぽいコートを着ていたのだから、そのバッグの色もそれに近いものだったはずである。これは肩に掛けている場合、目撃者に対してそれについての印象を薄めるためなのだ。特殊部隊の兵士が迷彩服の着用時に携帯する雑嚢類が、その服に近い色合いであるのと同様な原理であると言えよう。
目撃者の言によれば、それほど大きいものではなかったようである。では、その中身は何か。条件は、そのバッグの大きさでなければ収められないものであり、一方、その大きさの範囲に収まるものである。
その答えは、ずばり、(銃床を折り畳んだ)サブマシン・ガン(短機関銃)である。もちろん、銃だけではなく、各30発程度の弾を装填した箱形弾倉二箇を互いに逆向きにして粘着テープで結束したものが入っていたはずだ。この結束方法は特殊部隊がよく用いるもので、最初の弾倉の弾を撃ち尽くしたとき、それを引き抜きざま、上下を反転して次の弾倉を挿し込むためであり、戦闘中の迅速性という点からまことに合理的なのである。私は、さらにもう一つの利点があると思う。銃器というものは、重量が大きいほど発射の反動をよく吸収して安定性が増す。この場合は、発射の初期には30発入り弾倉の重量が余分に加わるわけだから、その分、安定性が良くなるという理屈である。
それでは、このサブマシン・ガンの使用目的は何か。護衛の警官、さらにその増援要員との銃撃戦に至った場合に、これを制圧するためという見方もできるが、ゴルゴがそこまで大げさに考えていたかは疑問である。
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銃についての深い知識を存分に披露する文章からは、中村受刑者のマニアックな性質が伝わるだろう。第2回「国松警察庁長官狙撃事件 朝鮮人民軍のバッジと韓国の硬貨はなぜ現場に置かれたのか 中村泰受刑者の手記」では、遺留品について「シャーロック・ホームズ流に謎解き」を試みる箇所もある。そしていよいよ、舞台は犯行現場へ――。