千葉県は半年で1900便も減少…各地で相次ぐ路線バス“大幅減便”から見える日本の問題点

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アクセルもブレーキも踏みっぱなし

 それでも、運転手の心身の健康だけは守られるならまだいい。だが、横浜市が4月中に、2度目の減便に踏み切ったのは、働き方改革関連法の施行で労働時間が減ったため、退職してもっと稼げる職場に転じた人が相次いだからだという。

 路線バスの運転手の給与は、2021年度の厚生労働省の調査によると、月額平均33.7万円で、年収換算すると賞与もふくめて403.9万円。決して高くないため、なるべく長時間働いて実入りをよくしたいと考える人が多かった。ところが、4月からはそれが不可能になったので、離職者が増え、バスの運行そのものも困難を抱えることになった。

 同じことは物流業界でも起きている。トラック運転手は走行距離に応じて運行手当てが支給され、これまでは走れば走るほど収入が増えた。だからなり手がいたともいえるが、労働時間が規制され、走れる距離が短くなったため、すでに規制される前に離職する人が増えていた。そしていま、離職者はさらに増えているという。主たる原因は端的に「稼げないから」である。

 このように、4月から運転手の残業規制が強化された影響は、全方位にわたって不利益をもたらしている。路線バスに関していえば、特定の地域では路線バスの事業が成立しなくなり、一帯にバスがまったく走らなくなるという危険性さえある。

 一定の働き方改革は必要だろう。しかし、路線バスなど住人のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)に直結する分野に関しては、その影響を十分にシミュレーションし、社会全体への影響を俯瞰して、利益と不利益を天秤にかけながら進めるべきではなかったか。また、どんなにシミュレーションをしていようと、社会や経済の状況は変化するのだから、法が社会全体にとって、むしろ不利益を多くもたらすと判断された場合は、その法を「後退させる」ことも必要なのではないだろうか。

 しかし、現実にはすべてが場当たりだから、「成長と賃金の好循環」など、お題目のままで終わるほかない状況である。あちらではアクセルを踏み、こちらではブレーキを踏む。そこかしこでそんなことが行われているのだから、日本が前に進めるはずがない。

 しかし、私たちもまた、自分で自分の首を絞めていることに気づかなければなるまい。路線バスの運転手の離職率が高い理由は、賃金だけではない。急発進した、運転が荒い、前の車との車間距離が近い、といった乗客からの苦情が、これまで以上に増えていることも、原因の一つだといわれている。

 また、横浜市営バスの場合、運転手の給与が高すぎるという声が上がり、2012年から3年間で最大6%引き下げられたという経緯がある。小さなやっかみは、結局、自分への不利益となって返って来るのである。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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