藤井聡太八冠・名人戦“初防衛”豊島将之九段に試行錯誤の中で生じた「迷い」が

国内 社会

  • ブックマーク

「かなりきつい展開」

 終盤は傍目に見ていてもしんどくなってしまうような将棋だった。ABEMAのAIが示す勝率は、藤井の85パーセントくらいからは手が進んでもあまり変わらない。一方的な藤井の攻撃が続くものの、藤井側にも鮮やかな詰み筋が見えない。ベタ打ち、引っ剥がし、守り駒打ち……などの繰り返し。

 豊島が投了した99手目の「6二金」も王手ではない。ここから実際に豊島玉が詰むまでには手数がかかる。持ち時間の消費は、豊島のほうが藤井よりも1時間近く多かった。豊島は「秒読み将棋」に入る前、「まだ粘れるのでは」とも思わせた午後7時49分に投了した。一度も優勢になることはなかった。

 直後の対局室インタビューは、勝者からではなく敗者の豊島からだった。豊島は羽織の襟を触りながら「封じ手あたりから悪くなり、かなりきつい展開になってしまった」「1手目で端を突いて受けられなかったら振り飛車にしようと思った」などと力なく振返った。それでも「今回の名人戦の経験を活かして頑張りたい」と対局室を後にした。

 豊島は一時期、AIだけに没頭し、対人の練習将棋も全くしなかったが、その後、対人もやるようになったという。戦法も居飛車一辺倒だったが、最近は振り飛車も取り入れ始めた。古くからある様々な戦型も視野に入れつつ「力将棋」に藤井を誘導した。しかし、試行錯誤の中で生じた「迷い」が今回の結果につながったのかもしれない。

解説者は早くから劣勢を指摘

 1日目、豊島は28手目に「3二飛」とし、飛車を4筋から3筋に振り直した。しかし、ABEMAで解説していた郷田真隆九段(53)は、この一手について「ちょっと何を考えているのかよくわかりませんでした」と首をかしげていた。

 また、豊島は66手目に「8五」に桂馬を打って攻撃に出たが、郷田九段は「いつでも打てる。もう少し後のほうがよかったのでは」と疑問符をつけていた。さらに、82手目に豊島が「9三銀打」と守った手も「『7一銀』のほうがよかったのでは」としていた。

 とはいえ、そう指していれば豊島が勝っていたというのではなく、「もう少し戦えたのでは」といったニュアンスだった。郷田九段が早くから豊島の劣勢を指摘していたことに変わりはない。

 郷田九段が的確に藤井と豊島の手を予想し、解説する姿を見ていると、筆者など「こんなにわかっているのなら解説者が対局すれば勝つのでは」と感じてしまう。この日、聞き役だった貞升南女流二段(38)は、郷田九段にそうした趣旨のことを尋ねた。郷田九段は「解説の我々は対局者と違って客観的に俯瞰で見られますから」と語っていた。

 さて、防衛を果たした藤井は「攻め駒が少なくて自信が持てる展開ではありませんでした」「シリーズの内容としては反省点もあるが、何とか防衛という結果が出せたのはよかった」などと振り返っていた。

 藤井の次の大一番は、わずか4日後の5月31日に千葉県柏市の「柏の葉カンファレンスセンター」で行われる叡王戦五番勝負の第4局である。幼いころからの「同学年ライバル」である伊藤匠七段(21)に1勝2敗と追い込まれ、タイトル戦では初めての「カド番」だ。タイに戻して乗り切れるか。伊藤七段との決戦が注目される。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に『サハリンに残されて』(三一書房)、『警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件』(ワック)、『検察に、殺される』(ベスト新書)、『ルポ 原発難民』(潮出版社)、『アスベスト禍』(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。