壮大な伏線…大物法曹人もこぞって評価 「虎に翼」は史上最強のリーガルドラマと言える理由
史上最強のリーガルドラマ
大半のリーガルドラマの場合、法曹人は「これはドラマ」と割り切って観ている。たとえば、フジテレビ「イチケイのカラス」(2021年)の主人公・入間みちお(竹野内豊)はいちいち事件を自分で調べ直したが、それでは裁判の仕組みを土台から否定することになってしまい、実際にはあり得ない。
「虎に翼」は違う。法曹人たちは食い入るように観ている。描写が限りなく事実に近いからである。象徴的なのは「帝人事件」(1934年)をモチーフとした「共亜事件」(第18~25回)だった。寅子の父親・猪爪直言(岡部たかし)が巻き込まれた疑獄である。
共亜事件において陪席裁判官だった桂場等一郎(松山ケンイチ)が書いた無罪の判決文の中にこんな一文があった。
「あたかも水中に月影をすくいあげようとするかのごとし」
水中の月影はすくいあげられない。嫌疑が事実無根であることを表した。これは「帝人事件」で陪席裁判官だった故・石田和外さんが実際に書いた判決文の一節である。
名裁判官として知られた石田さんは1969年に第5代最高裁長官になった。桂場のモデルは石田さんである。戦後、司法省(現・法務省)人事課長になるところも一緒。桂場も裁判官の頂点に立つのか。
内容が事実に近い背景には明律大のモデルである明治大と法曹界の協力がある。明治大法学部の村上一博教授が法律考証に当たり、同大が資料を提供している上、複数の元裁判官が協力しているという。だから史上最強のリーガルドラマになりつつある。
法律とは関係ないが、三淵さんの歩みもなるべく忠実に再現しようとしている。三淵さんは1941年に実家の武藤家の書生で明大卒業生だった故・和田芳夫さんと結婚した。寅子、優三が結婚した年と同じだ。芳夫さんは終戦後、帰宅を果たせぬまま死去する。これも優三と一緒である。
ドラマは事実に寄せすぎると面白みに欠けてしまいがちだ。リーガルドラマは特にそう。しかし、この作品は例外。吉田氏の脚本と伊藤沙莉ら出演陣、演出の力にほかならない。
たとえば第41回、寅子と幼い優未、義姉の猪爪花江(森田望智)と長男・直人、次男・直治が、疎開先から寅子の父親・直言と母親・はる(石田ゆり子)の暮らす川崎市登戸に戻ってきた晩のこと。
戦時中に花江を支えようとした直人と直治に対し、はるが「よくがんばりましたね」と誉めると、途端に2人は泣き始めた。
「もういいのよ。その役割は、これからはおばあちゃんとおじいちゃんが引き受けますから」(はる)
胸を突かれた。直後に直人がこう漏らすと、一転してクスリとなった。
「疎開先のヤツらがいつもいじめてきて。かあさんには言えないし……。僕には分かる。トラちゃんに言うと、面倒なことになるって」(直人)
戦死した父親・直道(上川周作)譲りの話し方、寅子のキャラクターを読み切っているところが愉快だった。
物語は間もなく中盤に入る。寅子の今後、仲間たちの生死が気になる。
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