“孤独対策”のメタバースなのに「会話禁止」!? 「むしろ孤独を促進する」内閣府の“珍事業”がヤバすぎる(古市憲寿)

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 国とは珍妙なことを考えるものである。たぶん賢いだろう大人たちが、大真面目に議論を尽くした結果、子どもでも失敗と分かるようなものを作ってしまう。

 今年、新しく誕生した珍事業が「ぷらっとば~す」である。「~」を使う時点で既にやばそうな臭いが漂っているが、内閣府の始めた特設メタバースだ。

 近年、世界的に孤独・孤立が社会課題として認識されるようになった。友人の少ない人ほど幸福度が低いという研究はかねてから多いし、孤独感は自殺念慮の一つの理由ともされる。特にコロナ時代は、他人との接触が忌避され、孤独は重大な社会問題となった。

 緊急事態宣言を出して、対人接触を避けるようあれだけ大騒ぎしていたのだから、人々の孤独化が進むのは当然なのだが、さすがに国も問題意識を持ったらしい。今年の4月、孤独・孤立対策推進法が施行されることになった。

 ここまではいい。貧困や自殺に至る前段階になり得る孤独や孤立に、きちんと国や社会が向き合うことには合理性がある。

 法律施行の翌月の5月が孤独・孤立対策強化月間ということになった。まあ、これもいい。新しい法律を周知するという意味もあるのだろう。ここで登場するのが件の珍事業「ぷらっとば~す」である。

 内閣府によると「誰もが”ぷらっと”訪れ、同じ空間でいろいろなコンテンツに触れて、それぞれ”ぷらっと”帰っていく。そんなゆる~くつながれる場所」。

 そうか、内閣府肝いりでネット上の居場所を作るのかと思ってのぞいてみようとしたらログインできない。何と開設期間は5月だけ、それも10時から18時の間だけだという。役所!

 きちんとお役所時間に合わせログインしたら、マイク・カメラをオフにしろと言われる。「ゆる~くつながれる場所」なのにと訝りながら入場する。懐かしいドラクエのような古臭い画面のメタバースだ。

 何をしようか迷っていると、いきなり「けいびのひと」アバターが近寄ってきた。静音モードをオフにしろという注意喚起。何でも「ユーザー同士のコミュニケーション」は禁止なのだという。へ? 文字のチャットでさえも意思疎通ができないようになっている。え?

 メタバースなのに会話が禁止。恐るべき仕様である。では何ができるのかといえば、たまに開催される相談会に参加したり、セミナー動画を閲覧することくらい。来場人数は200人までらしいが、僕がぷらっと訪れた時は10人しかいなかった。うち2人は警備員である(多分、AIではなく人力)。

 こんな孤独なメタバースは世界中を探してもこの「ぷらっとば~す」くらいだろう。どうやっても誰ともつながれないのだ。これほどにオンラインコミュニティーの溢れる時代、他者とつながることは決して難しくない。そんな中、内閣府は徹底的にコミュニケーションを遮断したメタバースを開設した。孤独の辛さを啓蒙したかったのかもしれない。孤独対策の道は険しい。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2024年5月30日号掲載

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