“300万円”で「代理母」 あなたはやりますか? 結婚・出産・金に翻弄される女の生きざまを映し出すドラマ「燕は戻ってこない」
病院事務職で手取り14万。昼に外食する余裕もなければ、身内の不幸に駆け付ける交通費もない。29歳、恋愛経験がないわけではないが、まともな男は皆無。不能を口外されたくないためにデマを流した男、性の捌け口を求めてきた既婚者、妊娠を告げると全力で逃げた男。「一度でいい、腹の底から金と安心が欲しい」と呟く。そんなヒロイン・リキ(石橋静河)が代理母になる必然を初回から丁寧に描いた「燕は戻ってこない」が面白い。桐野夏生原作は描写に容赦がないから好物。
【写真をみる】主人公が「代理母」になると決めたワケは? 「代理出産」を頼む夫婦の心情も気になる
リキ同様、生活に余裕のない同僚のテル(伊藤万理華)がもちかけたのは卵子提供。50万もらえるという。初めは倫理的にも生理的にも拒否感を覚えるリキ。生殖医療エージェント(パクロミ)からは卵子提供ではなく代理母を打診される。出産までの生活費の保障、報酬は最低300万。マッチングの相手は元バレエダンサー・草桶基(稲垣吾郎)とイラストレーターの悠子(内田有紀)夫妻。ダンサー家系の基は自分の遺伝子継承に固執。母(選民意識の高い役がハマる黒木瞳)が金を出す。ザワつくでしょ、草桶家の精神構造に。
この法的にグレーなマッチングにはリアルな需要と供給の妙がある。格差社会でさもありなんの金と生殖機能の交換に、眉をひそめることはできない。どちらの欲望も否定できないからだ。
悠子はそもそも「この男の子が欲しい」と願い、既婚者だった基を略奪。ところが不育症と診断される。仕事は順調だが、罪悪感に苛まれ、不全感に苦しむ。傍から見れば恵まれた境遇でも、原点に立ち返れば、満たされていない。悠子の心情も分からんでもない。
一方で、希望のかけらもないリキの境遇にも思いをはせる。男に優しくされた経験もなく、セックスで気持ちいいと思ったこともない。女でよかったことなんてひとつもない(共感する女が日本に10万人いると思う)。
慕っていた叔母(富田靖子)の葬式に行くこともできず、アパートの住民(酒向芳)から理不尽な嫌がらせを受け、切羽詰まったリキの決断には説得力があった。女にしかできないビジネスと割り切り、代理母の報酬に1000万要求するリキ。
子供が欲しい悠子と金が欲しいリキ。この後、ふたりに起こりうる逡巡や苦難や後悔を想像するだけで心がザワつく。「燕」を深読みすれば、意表を突くもくろみもありか。女性用風俗で働くダイキ(森崎ウィン)の存在も気になるところだ。
また、わが道を行く友人たちの生きざまも興味深い。奨学金返済のために風俗でも働くが、体の相性がいいタイ人のヒモ男に貢ぐテル。悠子の親友でアセクシュアルの春画家・りりこ(中村優子)。二人ともあけすけな言動だが、暴論も正論も吐く。自由をつかむ握力も強そうなので、心底頼もしい。
代理出産を巡る話だが、結婚・出産・金に翻弄される女の生きざまを映し出す。心ざらつかせる要素がてんこ盛りで、スタートは遅かったが、今期突出した良作。「滅相も無い」「季節のない街」と並んで「3ない」ベストドラマとでも呼ぼう。