妹は亡き夫とずっと関係を持っていた…それでも彼女を憎めない、と言う55歳未亡人が明かす「特殊な姉妹関係」

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「ずっとこのままでいいと…」

 遼子さんは涙も見せなかった。謝るくらいなら、そんなことしないよとポツリと言った。私はおねえちゃんが大好きだった、そしておねえちゃんが大好きな孝紀さんを好きになっちゃったんだよ、と。

「ふたりして裏切ったんだねって言わないでねと妹が機先を制しました。私たち、そんなつもりじゃなかったと。私たちって何よと言いたいところだったけど、そこは抑えました。妹は『孝紀さん、本当に苦しそうだった。私と会いながら、いつもおねえちゃんのことを言ってた。それを聞く私もつらかった。だから何度も別れようと決めたの。それなのに別れられなかった』って。そんなに強い結びつきがあったのか、将来どうするつもりだったのかと聞くと、『ずっとこのままでいいと思ってた。いつかみんな老いていく。そしてみんな死んでいく。それまでずっとこのままでいい』と」

 遼子さんは大学を卒業し、とある専門職についた。仕事が楽しいと結婚もしなかったのだが、30歳前後で職場の上司と不倫をし、それが上司の妻にバレ、さらに社内にも知られて問題となった。そのとき相談に乗ったのが孝紀さんだった。

「不倫は確かに世間からそしられる。でも人の気持ちはどうすることもできない。きれいに終わらせる、相手の配偶者にわからないようにするのがせめてもの礼儀だと夫は言ったそうです。そこからふたりは急接近したらしい。夫は遼子の生い立ちも知っていました。遼子は遼子なりに親や私への遠慮も抱きながら成長したんでしょう。私には言えない思いを夫に打ち明けたみたいで、夫は気持ちを持っていかれたような気がします」

 それにしても、まがりなりにも妻の妹である。孝紀さん自身が「こういう関係はよくない」と自制できなかったのだろうか。

「私にはおねえちゃんに対して、どこか卑屈な気持ちがあった。縁もゆかりもない私を引き取って育ててくれた親にも。おねえちゃんはきっと私のことが好きじゃないと思っていた時期もあったと遼子は言いました。私はいつだってあなたを庇ってきたでしょうと言ったら、『それはおねえちゃんのプライドだと思ってた、あるいは親へのいい子アピールかと。でも私がおねえちゃんを大好きだったのは本当なの』と遼子はきっぱり言いました」

今思えば「夫へのまなざし」が…

 遼子さんは確かに親には甘えなかったと、真知さんは思い当たった。自分には甘えているように見せていたけど、もしかしたらそれも偽りの甘えで、実は妹は誰にも甘えられずに大きくなったのではないか。初めて甘やかしてくれたのが孝紀さんだったのではないか。

「遼子は、夫とどういう関係を築いていたのか話そうとしなかった。それは私への思いやりなのか、あるいは自分たちふたりの関係を私には話すまいと思ったのか……。わかりませんが、結局、妹の言い分を信じるかどうかは私にかかっているわけですよね。そんなの嘘だと言って信じないという手もある。ただ、娘たちが10代半ばのころかなあ、けっこう反抗期があったんですよ。そのとき妹がさりげなく娘たちを連れ出して話をしたり、おもしろそうな映画に連れて行ってくれたりしてた。娘たちがだいぶ落ち着いたころ、妹が来て、夫も含めて5人で一緒に食事をしたんです。夫が娘たちの様子を温かい目で見守りながら、ときどきくだらないシャレを言って娘たちに『おとうさん、ダサい』と言われたりして……。娘たちに同調する妹に夫が向けたまなざしが、実は私、忘れられなくて。この上なく愛おしそうなまなざしだった。夫は私にこういう目を向けたことがあるかしら、と一瞬、思ったんですよ」

 夫婦は大人同士だし、真知さん夫婦は「対等であること」を心がけてきた。ふたりにとって、それが満足できる関係だからだ。だが、遼子さんに向けた孝紀さんのまなざしは、対等ではなく、もう少し保護的なそれだった。ありていにいえば「かわいい」と思っている感じだったと真知さんは言う。

「私は男性にかわいいと思われたくないというタイプだったけど、妹はやはり親への思慕があったのか、以前の恋愛も年の離れた上司との不倫だったし、姉の夫を寝取るのもある種のコンプレックスのなせる業かもしれない。そんなふうに思いました」

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