伝説の香港スラム街「九龍城寨」はなぜ今も人気なのか かつて居住した日本人の証言
スラム街が遂げたさらなる進化
このファンタジー化は香港でも同じと考えられるが、SNS上で「九龍城寨之圍城」の感想を見ると、まず「香港映画として」絶賛する声がある。
「香港映画の後継者が現れたことを祝福したい」
「香港アクション映画の新たなレベル」
このアクションを日本人のアクション監督が作ったという点も、日本としては非常に誇らしい。また、人の絆を描くストーリーも高く評価されているようだ。
「九龍城寨の本来の姿を復元し、さまざまなギャングの世紀にわたる抗争で物語をけん引し、生き残って変化を受け入れる城壁都市の人々の努力の精神を再形成した」(香港メディアの作品解説より抜粋)
とはいえ、九龍城寨が現役だった頃の香港は、多くの人が”厄介な場所“だと思っていた。吉田さんは言う。
「取り壊しが決まった時の香港は歓迎する声が大きかったんですよ。悪の巣窟がやっと消えると(笑)。でも実際は香港でもファンタジー化が進んで、『九龍城寨之圍城』では古き良き義理人情まで投影している。ファンタジーであり、さまざまなものの象徴になったのが今の九龍城寨ではないでしょうか」
逆に考えるなら、仮に九龍城寨が現存していた場合、「九龍城寨之圍城」のような描き方は生まれなかった可能性もある。むしろ30年前に完全消滅したからこそ、人々の想像や理想をどこまでも受け入れる“媒体”に変化した。スラム街からさらに進化したのである。
「今あったとしても住みたくはないですが(笑)、屋上からの眺めだけは最高でした。着陸する飛行機が九龍城寨の斜め上を通るんですよね。すごい迫力で。また当時、香港のテレビ局が日本の紅白歌合戦を生中継していたんですよ。香港側の司会を立てて。それを九龍城寨の中で観ていたことも印象に残っていますね」
時は流れても、「心にそれぞれの九龍城寨」は在り続ける。