超リアル再現映画のメガヒットで再注目 香港の有名スラム街「九龍城寨」はどんな場所だったのか

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路上に空の注射器が落ちていた

「九龍城寨のすべてがとてもリアルに再現され、まるで昔に戻ったかのようだった」と映画の感想を語るのは、九龍城寨のすぐそばで生まれ育った60代の香港人男性Aさんだ。

「70年代初頭から取り壊される90年代初頭まで、数えきれないほど行きました。通りに面した九龍城寨の外側には普通の店舗が並んでいて、一家で飲食店に入ったり、プラモデル店を覗いたり。中学時代は親友が住人だったので中に行くことが多かったですね。母親に頼まれ、中の工場に空き容器を持参して醤油を買ったこともあります(笑)」

 ちょっと待ってください。内部は「魔窟」だったのでは?

「中の様子はやはり珍しいものでしたよ。友人が住んでいたのは2階にある小さな部屋で、朝でも電気をつける必要があるほど真っ暗でした。窓はありましたが、すぐ外が隣のビルの壁なのでどれも開けられません。隣のビルが建つまでは開けられたんでしょうね。

 道は暗くて滑りやすくて、鼻をつくのは特別な化学臭。いたるところに電線があって、排水溝や溝にさまざまな色の水が流れていました。無認可の工場が多かったからです。あとは路上に空の注射器が落ちていたり、ネズミが走り回っていたり、廃品置き場のそばに犬の死骸があったり。『九龍城寨之圍城』は本当によく再現しています。ただ、実際はもっと暗かった」

地元の人々にとっては普通の生活圏

 子ども時代の思い出としてはなかなかハードな内容だが、それでもそこには“生活”があったとAさんは続ける。

「近所の住民にとっては特別な買い物や食事の場所。中は10分くらいで通り抜けられます。もちろん、内部に“良くないもの”があることも知っていましたが(笑)、私は道に迷ったことも、トラブルに巻き込まれたこともありません。母親も心配せず、地元では普通の生活圏でしたね。当時は九龍城寨より貧困のほうが恐ろしかった」

 同じ60代の香港人Fさんは別の下町で生まれ育ったが、「親には『あそこへ行くな』と言われていた」と語る。ただし、日常的に通う場所はあった。

「歯医者です。当時の香港は返還前ですから歯医者は英国のライセンスが必要。九龍城寨とその周辺には中国大陸から渡ってきた歯科医がいて、彼らはノーライセンスでしたが安価で、腕も比較的信頼できました。中に入ったこともありますが、子どもだったのであっという間に迷いましたよ(笑)」

“九龍城寨といえば歯医者”は当時の庶民ならおなじみで、軽度の虫歯や口内クリーニング、入れ歯作成程度なら、安くて腕のいい無許可医を選ぶことが多かった。この背景には、社会構造的な理由や汚職の蔓延により多くの庶民が貧困にあえいでいた事実もある。

 そんな苦難の時代を描いた「九龍城寨之圍城」だが、結果はメガヒットとなった。なぜヒットしたのか。九龍城寨はなぜ今も人気なのか。第2回では九龍城寨で暮らした経験がある日本人、さいたま市議会議員の吉田一郎さんにも話を聞く。

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