EV競争で得たものは「男の友情」…でいいのか? 迷走「新プロジェクトX」に欠けている重要な視点

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定番の「後日談」では友情の物語!?

「新プロジェクトX」では、成功までの苦労話がひととおり語られた後、エンディングに向けた「後日談」のエピソードが加えられる流れがお決まりだ。今回は、電池の開発部門だけを社内に残し、生産工場は他社へ譲渡したことがここで明かされる。中島みゆきの「ヘッドライト・テールライト」に合わせて、こんなナレーションが流れる。

「LEAFの発売後、他のメーカーも続々と参入し、EV時代の幕が開いた。今、販売数でトップを走るのは中国とアメリカのメーカー。日本メーカーは大きく後れをとっている。しかし、大きな誇りがある。販売数70万台に迫っても電池の発火による人身事故はゼロ。安全性は世界で高く評価されている」

 開発の中心になった3人の“その後”も紹介される。

「枚田典彦さん。今も日産に残り、電池開発のトップとなった」

 他の2人は日産を離れた。

「平井敏郎さんはベンチャー企業を立ち上げ。小型EVの開発を進めている」

「岸田郁夫さんは中国へと渡り、電池を生産する会社を設立した。今年新たな工場を設立し、生産を開始する予定だ」

 3人がバーで語り合う場面も流れる。

「岸田さんは日本に帰国するたび、楽しみにしていることがある。3人で再会し語らうことだ。思い出話と仕事の相談。互いに頼り合う姿は今も変わらない」

 3人が互いに肩をたたき合う映像が流れる。エンディングで曲の余韻が広がる。

 言ってしまえば、「男たちの友情の物語」としてまとめられていた。友情は確かに事実なのだろうが、「それだけなのか?」という物足りなさを感じる。先のゴーン事件への言及だけではない。たとえば、世界に先駆けたEVの開発の成果は、日産自動車、あるいは日本社会にどのような影響を与えたのか。番組はそこには触れていない。日本のEV開発は、中国や米国に大きく後れを取っている。世界に先駆けていたはずの日産はなぜ覇権を取ることができなかったのか。そこについての情報がまったくない。何が課題になったのか。視聴者にはさっぱり伝わってこないのだ。

「かつて」の「部分的な栄光」に焦点を当てるだけの番組を放送し、肩をたたき合って「あの頃は頑張った」と過去を懐かしむ日本人。この友情物語を「大型ドキュメンタリー番組」として放送するNHK。おいおい……これでいいのだろうか?という疑問はぬぐえない。

 制作側の事情もわからないではない。苦労した末のプロジェクトが友情で成功したことを強調すれば強調するほど、その後のグローバル競争に負けてしまった企業や日本の“ダメぶり”は際立ってしまう。だが、一時的には世界に先駆けることはできるものの、世界にその成果をすぐ奪われてしまう日本の「弱さ」を考えさせることができるテーマでもある。「開発の日々で3人が得たのは一生分の友情」という結末は結構だが、日本社会がどんな教訓を得たのかはきちんと描いてほしい。視聴者が期待しているのもこの点のはずではないか。むしろ「その後のエピソード」にこそ日本を再興させる「大切なヒント」があるはずだ。

 日本が、その後どうして負けてしまったのか。それを描くことで個々の企業の課題に留まらず、日本という国の“弱点”に、視聴者の目を向けることができるはずだ。NHKはそれをあえて避けているのだろうか。今回のような、「友情」に収斂させて小さくまとめる回が続いていては、放送も長くは続くまい。その後の「負けたエピソード」こそ、深掘りしてほしい。昔話を懐かしむノスタルジー番組で終わってしまわないうちに。

水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授

デイリー新潮編集部

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