藤井八冠が豊島九段に敗れる 「横歩取り」で慎重な展開の末… 相手の持ち駒の多さが読み違えを誘因?

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勝因といえる一手

 2日目朝、立会人の深浦康市九段(52)が封を切った豊島の封じ手は攻撃的な「7七桂馬」。藤井も「3三桂」で応じる。すると1時間以上考えた豊島が「6五桂」と中央に繰り出した。今度は藤井が100分の長考で、42手目に左の桂馬を5段目へ跳ねた。両者の桂馬が、突然、盤の中央に飛び出すダイナミックな局面に控室も湧いたそうだ。

 2日目の午後、深浦九段が「温泉の湯煙のよう」と形容した通り、先行きが見通せない局面の中、徐々に豊島がリードして行く。一時は藤井が互角に追いついたようだったが、再度、豊島がリードを広げる。

 95手目、ABEMAで解説の聞き役だった村田智穂女流二段(40)が「私ならこの手」と示した「6四金」を実際に豊島が指すと、藤井は「負けました」と頭を下げた。相手玉の逃げ場をなくす、いわゆる「待駒」。豊島玉は危なげなく「無理して王手で追う必要もない場面」(藤井九段)だった。

 解説の藤井九段は「せっかくの名人戦が4局で終わっては残念。その意味で今日は豊島さん寄りになりますが」と弁明しながら「豊島さんの(61手目)『5五飛車』が、藤井さんには思わぬ手だったようです。『2一飛車打ち』を考えていたのでは。そこからやや藤井さんの指し手が乱れていましたね。豊島さんの勝因は『5五歩』とも言えるのでは」と話した。また、「藤井さんは『6一金』で少し安心してしまったか」とも見る。

 もちろん藤井の守りの一手「6一金」が失着だったわけではない。打たなければ自玉の真下を角で狙われて、あっという間に危なくなる。とはいえ、藤井は金を守りに使ってしまったことで攻撃の駒がなくなり、最終局面では持ち駒が歩4枚のみ。「早逃げ」で「7八」に避難した豊島玉は安泰だった。「6一」に金を打たせるように持って行った豊島は藤井より時間を十分に残し、最終局面でも慎重に対処できた。

 藤井九段は「相手に持ち駒が多いとどうしても最後に読み違えたりしますが、それがないとミスはなくなりますね」と話した。「プロでもそうなんだ」と妙に感心してしまった。

「藤井キラー」が久しぶりの1勝

 藤井は「2日目に攻め合いにいったのが無理気味だった。『6一金』ですぐには負ける形ではなくなった。『6二銀』から『5五飛車』を打たれてから悪くなってしまった」と振り返った。藤井が60手目に指した「6二銀」と、66手目の「4三歩」も立会人らの控室では疑問視されていたという。

 藤井がプロ入りし、さまざまなトップ棋士を脅かしていた頃、豊島は藤井に6連勝し、当時、一番の「藤井キラー」だった。しかし、2022年6月の王位戦第2局から勝てなくなり、12連敗していた。久しぶりの1勝だった感慨を記者に問われると、「連敗はしていたが、自分なりに全力を出し切って5局目につなげたいという気持ちで指していた」と答えた。

 それにしても、ABEMAで解説した佐々木大地七段(28)も驚いていたように、藤井が勝負所になってからこれだけ急に大きく崩れたのは珍しい。これからも過密なスケジュールで対局が続くので心配だ。5月26、27日の両日は北海道紋別市の「ホテルオホーツクパレス」で名人戦第5局が行われる。5月31日には千葉県柏市の「柏の葉カンファレンスセンター」で叡王戦第4局が行われ、1勝2敗とカド番に追い込まれた藤井は同年齢の伊藤匠七段(21)と対戦する。
(一部、敬称略)

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に『サハリンに残されて』(三一書房)、『警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件』(ワック)、『検察に、殺される』(ベスト新書)、『ルポ 原発難民』(潮出版社)、『アスベスト禍』(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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