経済界から上がる「円安はもういい」の声はお笑いでしかない… 国民は政治にもメディアにも見捨てられた

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企業の利益は消費者から搾り取られている

 これまでも再三述べてきたが、現在の異常な物価上昇の原因は、そのほとんどが円安に求められる。日本が世界でもまれなほどの輸入大国だからである。

 農林水産省が公表している2020年のデータによれば、日本の食料自給率は38%(カロリーベース)にすぎない。主要国をみると、カナダ266%、オーストラリア200%、アメリカ132%、フランス125%、ドイツ86%、イギリス65%、イタリア60%、スイス51%。G7の平均も102%で、日本が群を抜いて低いことがわかる。

 ほかにも、衣類の輸入依存率は97%で、その素材となる綿花や羊毛は100%を輸入に頼っている。木のぬくもりが日本の伝統のように語られるが、木材の輸入依存率は70%に達する。鉄鉱石は100%である。さらには、原油やLNG、LPGなどのエネルギーの輸入依存率は88%を超える。

 こうしたデータから、日本は自国の通貨価値の下落が、他国以上に消費者の生活を直撃する国であることがわかる。たとえば、国産の野菜の価格高騰は天候不順などが原因で、円安とは関係ないと思うかもしれないが、そうではない。輸入肥料をあたえ、ハウスなどで燃料を消費して栽培し、産地から消費地に運ぶのにも燃料が費やされるのだから、円安の影響が小さいとは到底いえない。

 私たちの生活がこれほど全方位にわたって輸入に依存している以上、円安が続くかぎり物価の上昇は避けられないし、止まったとしても高止まりするほかない。

 物価高については、考えておかなければならない重要な問題がもう一つある。円安が企業に好業績をもたらしているのは事実だが、それは消費者の利益に反している、という問題である。物価が下がり続けるデフレの状況には終止符が打たれたが、それを受けて企業は、円安によって原材料などのコストが増加した分を、価格に転嫁するようになった。だから利益は上がっている。いわば、企業は消費者に物価高騰を強いて利益を得ており、こんな状況が続けば、さすがに消費者は疲弊し、消費マインドが後退して景気がしぼむ。そうなると自分たちも利益を上げられなくなるから、行きすぎた円安を懸念する声が、経済界から上がるようになったのである。

 上場企業が空前の利益を上げているのだから、賃上げに反映されるはずだ、と考えるのは甘い。原材料の高騰分を価格に転嫁できない中小零細企業にとって、賃上げどころでないのはいうまでもない。だが、じつは、大企業も事情はあまり変わらない。日本ではいったん賃金を上げると、経済情勢が変わっても引き下げるのは難しい。このため、永続的に利益を上げられると確信できないかぎり、企業が賃金を大きく上げることはない。円安への懸念が経済界から示されているのは、昨今の利益の水準は一時的なものだと、ほかならぬ企業自身が認識していることの証だろう。

それでも野党もメディアも声を上げない

 それでは、なぜ、これほどの円安がもたらされているのか。それはひとえに日銀が金利を上げないからである。この円安につながった「異次元緩和」と呼ばれる大規模な金融緩和は、2013年4月、アベノミクスの「第1の矢」を担った日銀が導入した。

 それが、これほどの円安につながるようになったのは、コロナ禍の収束後である。欧米諸国ではポスト・コロナのインフレを受けて、2021年から中央銀行が金利を引き上げた。しかし、日銀だけは例外で、金利を抑えたままにした。このため、日米および日欧の金利格差が急拡大し、大幅な円安につながったのである。では、なぜ日銀だけは、金利を上げないという判断をしたのだろうか。

 異次元緩和によってもたらされた歴史的な低金利によって、日本政府は躊躇なく国債を発行し、財政出動できるようになった。極論すれば、効果があるかどうかなど考えずに、各方面に予算をばら撒けることになった。その結果、すでに2012年末には705兆円と、毎年の予算の数倍におよんでいた国債残高は、2023年末には1070兆円前後にまでふくらんでしまった。いま金利を上げれば、国債償還額が跳ね上がってしまう。そもそも国債は日銀が大量に買い上げており、金利を上げれば日銀のバランスシートが悪化する。だから低金利を解消せず、ひいては円安を放置している。

 しかし、物価高の大本である円安、それをもたらす低金利を放置しているから、物価高を補正するために国債を発行して予算を組む、などという本末転倒もまかり通る。こんなことを続けていたら、ますます円安になり、さらなる物価高を招くだけだ。しかし、国債の山の前に自縄自縛状態になって、なんら手を打てないことになる。

 日本の財政がこれほど放漫化したのは、異次元緩和のせいであり、それをむやみに続けてきた日銀の責任である。効果が疑わしい政策のために予算をばら撒くような愚策を、これ以上重ねないためにも、日銀はいまの緩和政策をあらためるべきである。それがすなわち、円のレートを適正に導き、物価高を抑制し、私たちの実質賃金の上昇につながる。

 しかし、こうした声が、これまで緩和政策と円安の恩恵にたっぷり浴してきた経済界から真っ先に上がるというのは、やはりお笑い劇としかいいようがない。これほど国民が苦しめられているのに、なぜ野党もメディアも声を上げないのか。日本はもう経済では勝負できないから、「お笑い」で勝負しようとでもいうのだろうか。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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