死刑囚だった袴田巖さんを釈放… 異例の決定をした元裁判長が明かす「有罪を見直せない裁判官の心理」
「頭のいい方がお書きになった」
「東京高裁で1976年に出た(控訴審)判決では、5点の衣類が『犯人性の中核的な証拠』とはっきり言っている。一番論点が整理されていたのは平成20(2008)年の第1次再審請求審理の特別抗告審。頭のいい方がお書きになったんだな、と思うくらいよく整理されている決定です。ここで申立人(巖さん)の犯人性について『申立人の自白を除いたもので認定できる』とされている」
巖さんは1981年に起こした第1次控訴審で、5点の衣類に含まれるズボンを履く実験を行ったところサイズが小さすぎて履けなかった。履けないズボンを犯行時の着衣とするのは無理がある。しかし、検察は「B」と書かれたタグが付いていたことを根拠に「ズボンはB体(横幅が広いデザイン)だったが、味噌タンクに入れられて縮んだ」と主張した。静岡県警はBが大きさではなく色を表すことを製造元への捜査で知っていたが、隠していた。
5点の衣類のズボンと同じ素材の端切れが巖さんの実家から出てきたことで、ズボンは巖さんの所有物であることを示す証拠とされた。この端切れは、事件の翌年、県警が巖さんの実家を家宅捜索したときに発見したという。
「5点の衣類に強力な証明力を認めたのは(端切れと)別々に発見されているためです。衣類は工場の味噌タンク、端切れは実家。いっぺんには両方を捏造できない。逆に言うと、別々に出たものが同じ方向を示したのだから本物とされた。これは重要なこと。裁判官の発想として事実を整合的に考えると、味噌タンクから(衣類が)出たことと(端切れが)実家から出たことを整合的に結べば、袴田さんのズボンが味噌タンクに入っていて、いっぱい血がついていた、となる。(中略)自白がいい加減でも、袴田さんが犯人に間違いないと認定される。そこからズボンが履けないなどのいろんな事実を説明する。侵入経路とか袴田さんが部屋に戻った経緯とか問題があっても、それらは本人が自白しない以上わからない。だけど、やったことは間違いないとの認定になってしまう。その辺をいくら攻撃しても扉は開かないのです」
裁判官がはまる陥穽
過去の経験や固定観念によって非合理的な判断をしてしまうことを「認知バイアス」という。袴田事件の裁判官は認知バイアスの影響を受けたのではないかと村山氏は指摘する。
「適法な捜索で差し押さえて証拠が出てきた。これで裁判官が安心してしまい、もう疑わない。ねつ造と疑うなら、5点の衣類も端切れもどっちも捏造じゃないと辻褄が合わなくなる。そこで最後に来るのが『日本の警察がそんなことするのだろうか』ということです。バイアスがかかるのです。一度そういうように見始めると、トンネルビジョンと言いますが一つの方向からしか物が見えない。ほかの証拠を突き付けられても、それなりに説明がつく理由を考え始める」
裁判官が認知バイアスの影響を受けると、判決にも大きく影響する。
「5点の衣類は客観的な証拠であり、『言った、言わない』ではない。物として現に存在し、証明力は容易には減殺されないのです。(中略)裁判官が代わるたびに『本当に(巖さんがズボンを)履けるのか』と疑問に思ったはず。内心は『履けてくれたらいいな』と思っていたかもしれない。だけど、履けない。すると、履けない理由を説明しなきゃならなくなる。そこで『B体』のタグを発見して説明する(B体で大きいから、犯行時にははけたはずだ)。こういったことが有罪を見直すことができなかった原因です」
そして村山氏は「私は弁護団ではないので静かに(再審を)見守りますが、早く無罪で確定することが大事です」と述べた。
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