「いちゃいちゃ用の音楽」という評価は不満だった…世界的サックス奏者のデイヴィッド・サンボーン【追悼】

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がっかりした表情を浮かべて…

 深夜のエレクトリック・レディでは、アルバム「インサイド」のレコーディングが行われていた。気に入られたい、ご機嫌で話してほしいと思った筆者は、あざとく、「若いころ、よくあなたの音楽を聴きながら、女の子とドライヴをしました」と伝えた。そのときの、サンボーンのがっかりしたような表情を今もよく覚えている。

「ああ……、君もか……」

 彼は目を伏せた。

「君も僕の音楽をメイク・アウト・ミュージックとして聴いていたんだね。アメリカでも同じだよ」

 カップルがいちゃいちゃするときにBGMで使う音楽をアメリカでは“メイク・アウト・ミュージック”といった。そこには音楽的なリスペクトは含まれていないらしい。それが本人にとっては好ましくなかったのだろう。

 でも、筆者も含めたファンたちは実際にはとても彼をリスペクトしている。だからこそ、大切な人との時間に聴きたくなるのだ。それに、サンボーンのサックスは世界でもっともロマンティックな響き。だれでも、その音楽の恩恵にあずかりたくなる。その気持ちを必死に伝えて何とか持ち直した。

「僕の音楽のほとんどはインスピレーションからできる。特定の誰かとの出会いや会話からはほとんど音は生まれない。今僕はニューヨークで暮らしているけれど、それはとても重要だ。この面積の狭い大都会では世界中の人が暮らし、文化が交わっている。そんな空気を肌で感じることが僕の音楽の源泉になっている」

 そう話し「今の僕のフィーリングから生まれた作品を聴かせてあげよう」と出来立ての曲を聴かせてくれた。「インサイド」の1曲目になる「コーナーズ(ハービー・ハンコックに捧ぐ)」だった。リズムが明確で都会的な曲。このアルバムは翌1999年にグラミー賞最優秀コンテンポラリー・ジャズ・パフォーマンスを受賞した。

音楽的ルーツに関する長年の疑問

 サンボーンについては、ほんとうはどんな音楽がルーツなのか、リスナーとしてどんな音楽を愛しているのかなど、ずっと疑問があった。たぶんこの人はフュージョンのアーティストとして広く認識されている。しかし、あまりにもさまざまなフィールドで演奏している。

 ハービー・ハンコックやボブ・ジェームスのようなジャズ寄りの人と一緒にもやる。ローリング・ストーンズのアルバム「アンダーカヴァ―」ではダンサブルな曲「プリティ・ビート・アップ」に参加している。イーグルスの「ロング・ラン」にある「サッド・カフェ」では、まさしく泣きのサックスを聴かせる(この曲のサンボーンはものすごく哀愁が感じられる)。

 エリック・クラプトンがアルコール依存症施設のためにマディソン・スクエア・ガーデンで開いたチャリティ、クロスロード・コンサートでは「いとしのレイラ」のエンディングでソロを吹きまくった。それでいて、自分のルーツはレイ・チャールズとも言い、「ブラザー・レイ」という曲をつくり「ハレルヤ・アイ・ラヴ・ハー・ソー」もカバーしている。

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